二桁の番号を背負う選手は一人もいない。選手たちが守備に就くと、ベンチには監督一人しか残らない――そんな野球チームの試合を観た。現在の東大野球部にも、選手を複数送り込んでいるA高校の野球部だ。
普通ならば、ベンチに入れなかった控え部員が、スタンドから声援を送る光景が必ずあるが、このチームの場合、誰もいるはずもない……とスタンドを見ると、なんとユニフォーム姿の選手たちがメガホンを叩きながら、盛大な声援を送っているではないか。
しかし、グラウンドに散らばっている選手とは、ユニフォームの色が違う。よく見ると、同じ側で次の試合を行う高校の名前が書いてある。どうやら、ベンチ入りできなかった控え選手たちのようであった。
A高校の野球部の父母がスタンド上段で慎ましやかに声援を送るすぐ前に陣取って、別の高校の控え部員である彼らが声援を送る。
「友情応援」というところなのだろうか。彼らは試合前のエール交換から始まって、試合中ずっとメガホン叩きと声援を絶やすことなく、最後のエール交換まで買って出ていたのだった。
A高校と対戦したR高校も、部員がそんなにたくさんいるわけではない。ベンチ入りできなかった5、6人の部員が、スタンドで声援を送っていた。
しかし、伝統的に強い野球部ではないから、エールの交換を行う習慣がないらしい。
試合前、A高校からのエールを受けたのに、エールのお返しがないまま試合開始になってしまった。
エールの交換があることは知っていても、どうやったらいいか、どのタイミングで声を出せばいいのか、わからないようなのである。大声を出す、気恥ずかしさもあったかもしれない。
試合は、両チームともコントロールの良い先発投手が完投し、R高校が勝利した。通常ならば、勝利チーム側からエール交換をするとしたものである。
だが、A高校の“友情応援団”は、R高校からエール交換があるかな、と少しの間待つ気配があったけれど、どうやら始まらないとわかり、「フレ~、フレ~」と敗戦側ながら先に行ったのだった。
さて、R高校側はどうするのか、ぼくは興味深く見ていた。「試合前にもやらなかったのだから、きっと試合後もやらないだろう」と。
そもそも、エール交換は絶対にやらなければいけないというものでもなかろう。東京六大学のように、儀式として決められていたり、高校野球でも「これこれ、このように……」と試合前に打ち合わせをしている光景を見ることもあるが、そういった場合を除けば“義務”ではないはずである。せいぜい“努力義務”というところか。
さて、試合終了後のR高校スタンドはどんな状況になっていたか。一般の生徒はそもそも誰もおらず(そのように見えた)、野球部員の父母たちが一応立ち上がって、A高校側からのエールを受けていたのであるが、さっきまでいた控えの野球部員が一人もいなくなっている。
エールを返すとすれば、その控え部員の誰かがやるべきところであろうが、試合終了と同時に荷物の片付けにどこかへ行ってしまったのだった。
やはりエール交換は一方通行で終わる――とぼくは確信したし、他の数少ない観客も、もちろんA高校の友情応援団も同じことを思ったに違いない。
その時である。R高校側スタンドから、思いもよらない声が発せられた。「A高校の健闘を祈って~! フレ~、フレ~……」。
声の主は、スタンドに残っていた野球部の女子マネージャーだった。メガホンを持ち、身振り手振りも交えつつ、短いながらも“大仕事”を立派にやり遂げたのである。
そもそも義務ではないのだし、状況を考えたら一方通行でも“許される”はずだった。
でも、負けた側からエールを送ってくれているのだから、勝利側が何か応えなくてはいけない――きっと彼女は、そう思ったに違いないのだ。終わった後の彼女のほっとした表情と、愛くるしい笑顔がとても印象的だった。
勇気のエールの後、A高校側から大きな拍手が沸き、スタンドの少ない一般客からも拍手が起こった。
A高校の友情応援。R高校女子マネージャーのエール。
微笑ましく、さわやかに。そんな応援風景だった。
(2009年10月4日 東京・府中市民球場にて)
(谷川彬良)
#ちなみに、R高校がもう一つ勝ち、早実がもう一つ勝つと、対戦することになる。
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