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2009年3月

2009年3月28日 (土)

初めての甲子園、観戦雑記

 3月26日(木)、初めて甲子園を訪れた。第81回選抜甲子園大会第5日。天理-早実、彦根東-習志野の2試合を観るために、だ。
 家を出たのは、朝5時。東京駅着5時半。始発の「のぞみ1号」は6:00発なのだが、早め早めに動くのが好きなので、銀の鈴を眺めたり、売店を覗いたりとゆったりと駅で過ごした。

「団体待合室はどっちだろう?」と急ぎ足の親子連れや、臙脂色を身に着けているグループなど、明らかに「甲子園行き」の人たちとすれ違ったりした。
 新幹線に乗るのは、2006年9月、「吉田拓郎&かぐや姫inつま恋」のために静岡県掛川まで利用して以来である。

 新大阪-梅田-甲子園と電車を乗り継いで、甲子園球場に足を踏み入れたのは9時半少し前。意外に早く着き、第1試合の富山商-興南の2回途中から観戦した。
 連れの妻は甲子園2回目(3年前の選抜大会の早実初戦以来)だが、ぼくは初めて。神宮球場と比べて、器の大きさの違いが第一印象。グリーンで統一された観客席のシンプルさが第二印象。

 座った席は、三塁側内野席。アルプス席との境にあるフェンス際に陣取った。
 ここならば、応援席に居るのとそう変わらない雰囲気が味わえる。
 そうそう、初めての甲子園なので、チケットの半券を保存しておこうと思ったのだが、入口のもぎりのお兄ちゃんがビリッ……と見事に二つにちぎってしまった。
「あ、すみません……」と謝ってくれたが、苦笑いするしかない。(笑)

 観客席には、神宮球場でお見かけするお顔もチラホラ。アルプス席や、内野席のもっとホーム寄りだったら、もっと“知り合い”がいらっしゃったのかもしれない。
 そういえば、梅田駅で阪神線切符を買うとき、隣の券売機で買っていたメガネの男性は、神宮で毎試合必ずお見かけする方だった。

 ――――――――――――――――――――

 さて、天理-早実の伝統校対決。早実が4-3でサヨナラ勝ちした。
 最後の場面は、9回裏一死二塁で打者は6番の小野田。この日、レフトへ見事なホームランを放っている。一塁が空いているのであるから、普通なら敬遠してもよいところだ。
 フォースプレーができ、併殺も可能になる。もう1点も2点も関係ないところまで来たのだから、当然そうするものと思っていた。

 だが、天理バッテリーは勝負。その初球を小野田はレフト線にはじき返した。
 ぼくのいた位置からは、打球の落ちた場所がフェアゾーンかファウルゾーンかすぐにわからず、審判が手を広げたのを見てようやくフェアと確認したのだった。

 歓喜の渦の中、横を見ると、妻が喜びつつも何かを探している。「どうした?」と訊くと「双眼鏡がないの」。
 手に持っていたはずの双眼鏡は、しばらく見つからなかったのだが、捜索範囲を広げた結果、3列前の座席下から発見された。いったい彼女は、どんな喜び方をしたのか。(笑)

 試合前、早実の選手が登場し、三塁側で小野田がピッチング練習を開始。すると、すぐ横の観客席に数十人の人だかり(ほとんどが少年ファン)ができて、カメラを向けていた。
 甲子園初登場ながら、小野田はすでに知られているらしい。3年前の選抜に斎藤佑樹がやってきた時は、こんな光景はなかったはず。「斎藤二世」として、注目度の高さはなかなかのもののようである。

 試合中盤には、「オリンピックに再び野球を」のキャンペーンで、斎藤佑樹と田中将大の映像が流れた。
 二人とも、憂いを含んだ表情。斎藤が映った際、早実応援団からは大拍手が起こったが、直後に天理の反撃を許した。

 そういえば、早実側アルプススタンドには、神宮球場でもよく見かける週ベ(?)の女性カメラマンがいて、応援風景を撮っていた。

1545405_img  天理の応援は、素晴らしかった。声がよく出ていたし、ブラスバンドの演奏も優秀。初めて目にした生の「ワッショイ」は迫力十分だった。
 行進曲「ナイルの守り」が、何度か演奏されていた。ぼくが中学の頃よく演奏した曲で、とても懐かしく、しばし天理応援席に耳目を集中させた。
 このブログを読んでくださっている中にも、天理側に座っていた方がいらっしゃることでしょうね。

 ――――――――――――――――――――

 続く第三試合は、彦根東-習志野。彦根東は2月に亡くなられた早大野球部OB山内政治さんの母校である。
 ぼくの予想では、習志野がかなり優位にあるのではないかと思っていたのだが、彦根東は守備も打撃もよく鍛えられていた。

 できれば彦根東側(一塁側)で応援したかったのだけれど、内野席は一塁側、三塁側は別チケットなので、三塁側から声援を送った。
1545411_img  反対側で良かったと思えたことが一つ。彦根東の真っ赤な応援席を正面から見られたことだ。何しろ、ブラス部員を除いて、応援席全員が同じ赤を着、赤い帽子をかぶっているのである。壮観。ひなげしの花畑のように見えた。ブラスバンドのスーザホーンには「赤・鬼・魂」の3文字が貼り付けられていた。

 習志野の応援が、またすごい。ブラスバンドは人数も多く、早実の二倍の音量はあったろうか。その音圧を左側から受けながら、ぼくは観戦していたのである。
 感心したのは、演奏がしっかりしていたことだ。これだけ部員がいると、時折変な音を出す輩がいるものなのだが、そういったミストーンがほとんどない。
 調べてみたら、習志野は昨年秋の全日本吹奏楽コンクールで「金賞」。前試合の天理高校もまた「金賞」。上手いのも当然なのであった。

 さて、試合のほうは、天理-早実に負けず劣らず、素晴らしい内容で、最後は習志野が9回サヨナラ勝ち。
 56年ぶりの甲子園となった彦根東は、エース金子が脱水症状で痙攣を起こし、6回途中に降板したのが残念だった。

 試合終了の瞬間、少しばかりこみ上げてくる感情があった。喜びに沸く習志野側スタンドで、神妙な顔をしていたのはぼくくらいのものだったろうか? それにしても、彦根東は大健闘だった。負けたとはいえ、OB諸氏もファンも、納得しているのではあるまいか。
 しばらくグラウンドを眺めてから、席を立った。観客席を出る直前、もう一度、グラウンドを振り返った。今年から上本博紀が、この球場でプレーすることを思い出したのである。

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 家に娘を一人で残してきてしまったので、すぐに帰るつもりだったのだけれど、別居を始めた息子が帰ってきているとのことだったので、夜まで大阪にいることにした。
 通天閣を初めて見、近くのたこ焼き屋でやけにトロトロのたこ焼きを食べた。芸能人も立ち寄る店らしく、店前には何人もの写真が飾られていた。美味しかった。

 梅田に戻り、ビルの屋上にある観覧車に乗る。大阪の夜景。まずまず。
 観覧車に乗る前に係員に写真を撮られ、降りてきてから「よろしかったら、記念にいかがですか?」と1000円で売っていたが、ぼくの写りがイマイチだったので買わなかった。(笑)

 そうこうするうちに、「のぞみ58号」(東京までの最終)の出発時間(9時20分)。缶ビールを買って、乗り込んだ。

 家に着いたのは、日付変わって0時過ぎ。娘の第一声は、「Yさん(仕事先の人)から電話があったよ」。
「何時頃?」
「夕方」
「なんて言ってた?」
「お父さんはいらっしゃいますか、って」
「それで?」
「大阪(のほう)に行ってます、って言ったら、『お、お、お、お・お・さ・かーっ?!』って」

 Yさんは、仕事の進行状況を聞いてきたのだ。間に合うかどうか厳しいことを知っていたからこそなのだけれど、ぼくが大阪のほうにいると聞いて、ぶっ飛んだのだろう。(笑) 娘は「そういえば、Yさんの声、震え気味だったかも」。う~ん、マズイかも。(笑)

 まあ、いいのだ。甲子園であの熱戦を見られたのだから。
 それにだ、〆切はまだ過ぎていないのだから、堂々としていればいい。火事場の馬鹿力。追い詰められた人間は、時に思いも寄らない力を発揮する。前の記事で「絶望的」とは書いたけれど、ぼくはまだ諦めてはいない。
 まあ、期日が過ぎてしまったら、謝って下を向くしかないが、ぼくはこれまで〆切に遅れたことはないので、たぶん間に合うはずである。(こんな記事、書いてるヒマはないだろ?、の声あり。 笑)
 甲子園は、仕事を見事に忘れさせてくれた。
 甲子園よ、ありがとう。(笑)
                         (谷川彬良)

2009年3月27日 (金)

早実、強豪・天理にサヨナラ勝ち

1545407_img  第81回選抜高校野球大会第5日は、3試合とも手に汗握る展開となった。
 富山商-興南は延長10回、2-0で富山商の勝ち。天理-早実は9回、4-3で早実の勝ち。彦根東-習志野は9回、5-4で習志野の勝ち。
 最後の最後に勝利の女神がシーソーの片側にそっと指を置いた――そんな試合が続いたのは、珍しいことだろう。

 この日、一番の注目カードだったのは、天理-早実。天理は昨秋の明治神宮大会で準優勝している強豪だ。
 その天理に対し、あの斎藤佑樹を擁した3年前以来の選抜出場となった早実が、どんな戦いをするのか。いわば玄人も素人も楽しめる(?)、興味深い対戦となった。

1545408_img  結果は早実のサヨナラ勝ちとなったわけだが、力の差は紙一重。天理としては、4回だったか、無死満塁のチャンスを併殺などで逸したのが惜しまれる。
 あそこで1、2点入っていれば、6回には早実のエース小野田を連打でしとめていただけに、勝敗が逆になってもまったくおかしくなかった。

 早実のヒーローは、小野田、土屋、鈴木の新二年生トリオ。小野田は投げては最速142キロのストレートで天理の強打線を6回3点でしのぎ、打っては3点目となるホームランとサヨナラ二塁打。
 やわらかく、それでいて長打力もある小野田の打撃は、投手としての彼と同じくらい、ぼくは注目している。

 土屋は、先制の2点二塁打を含む2安打。昨秋の都大会は下位を打っていたのに、甲子園では3番打者になっていて驚いた。
 彼の打撃センスも、小野田同様、相当なものがあると見ている。

 3-3となってから、エース小野田からマウンドを引き継いだ鈴木。直球のスピードは130キロ台前半だが、変化球の制球が非凡。天理に行きかけた流れを、引き戻した。
 打撃の良い鈴木は、昨秋まではスタメンでライトを守り、途中からリリーフに回ったが、今日はライトのスタメンは柿沼で、鈴木はベンチスタート。ブルペンでじっくり肩を作れる、今日のような起用法がいいのではないか、という気がした。
                    (谷川彬良)

 #次回は、甲子園観戦雑記を書く予定ですが、仕事が絶望的にたまっており(「なのに甲子園に行ったの?」の声あり。 笑)、更新がいつになるかわかりません。ご了承ください。

2009年3月25日 (水)

明日(26日)、甲子園へ

 留守にしておりました間、コメントを書き込んでくださった方、メールを下さった方、ありがとうございました。この場で申し訳ありませんが、御礼申し上げます。

 さて、選抜高校野球大会は、明日26日が大会5日目。第二試合・天理-早実、第三試合・彦根東-習志野を観戦するために、甲子園に行くことにしました。
 チケットぴあにて、すでに三塁側内野席を購入済(ぴあを教えてくださった方、ありがとうございました)。明朝6時の新幹線で、甲子園へ向かいます。
 家を5時前に出ることになるので、少し仕事をしてから、早めに寝ます。(笑)
                    (谷川彬良) 3月25日 21:21記 

2009年3月23日 (月)

桜の季節に

 この記事を書いている3月15日の時点で、東京の桜はたしか3月24日が開花予想日である。記事の配信予約は23日にする予定なので、そろそろ開花の便りが届く頃なのだろう。

 地域にもよるけれども、桜といえば「入学式」が似合う花である。だが、最近は3月中に咲いてしまうことが多く、やがて東京辺りでも「卒業式の花」として認識されるようになってしまうのかもしれない。
 卒業式に桜、もいいけれど、ピカピカのランドセルを背負った新一年生を祝福するためには、やはり桜がふさわしい。入学式の頃に咲いてほしいものだと、ぼくは思う。

 暖冬傾向が続く現在、早く咲く傾向はますます強まるのかもしれないけれど、一部には「桜の開花時期は遅くなるかもしれない」の予測もあるというから面白い。
「つぼみは寒い冬を経験しないと咲く時期が遅くなる」というのだが……。さて、どうなるのだろう。きっと何十年かの時間が証明することになるのだろう。

 それにしても「寒い冬を経験しないと開花しない」とは、含蓄のある言葉ではないか。
 厳しい練習に耐えてこそ、美しい花を咲かせることができる――野球部にもラグビー部にも、その他の運動部にも、贈りたい言葉だ。

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 東京・東伏見にある早大野球部の練習場の隣にある武蔵関公園も、なかなかに桜が美しい。
 石神井川とつながる富士見池(昔は富士山が見えたのだろう)という池がある細長い公園。咲き始めも、桜の花弁が池面に浮かぶ様も、葉桜になってからも、それなりに情緒を感じさせる。
 きっと安部寮からも見えるだろう。野球部の面々も、楽しみにしているかもしれない。

 神宮球場近辺にも、桜の名所はそこここにある。球場周辺、明治公園、少し離れて明治神宮、代々木公園、青山墓地、上智大学、千鳥が淵、北の丸公園……。
 昔は、六大学野球リーグ戦の開幕日頃に桜の花が残っていたこともあったと思うが、今後、リーグ開幕を桜の花が祝うことはむずかしい状況であろう。

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 4年前の春、闘病生活を送るぼくの弟がその前年の桜の季節に「近所の桜だよ」と携帯で写真を撮り、メールで送ってきたことがある。
 比較的体調が良かった日に、奥さんと短い散歩を楽しんだらしいのだ。(弟は西武新宿線に住んでいた)

 メールの返事に、ぼくが「毎年桜の花を見るたびに、『あと何回、桜の花を見ることができるかなあ』って考えることがある」と書いたら、弟からは「そんなこと一度も考えたことがない」の返事が届いた。
 暗に「そんなこと考えるのは、高齢者になってからでいいんじゃないの?」「まだまだ先のことだよ」の響きが感じられた。

 だが、毎年「あと何回?」と考えるぼくは今年も桜を見、そんなことを考えたことのない弟は携帯で撮ったその年の桜が、生涯最後の桜になってしまった。
                      (谷川彬良)

 (この記事も予約配信しました)

2009年3月21日 (土)

神宮外苑を抜けて

 神宮外苑は、神宮球場で試合があろうとなかろうと、ときどき散歩で訪れる場所である。都心でありながら空が大きく、気持ちが開放される。
 絵画館前の軟式野球場では草野球が行われていたり、時にはプロ野球チームがキャッチボールやストレッチをしていることもある。
 けっこう近くに選手を見ることができるので、そんな偶然があると得をした気分になる。(今回のWBC日本チームも、先日この場所でトレーニングをしていたそうだ)

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 わが家から神宮球場まで行く間に、“富士山”がある。標高6m、つまり本物よりも3770mも低い富士山。渋谷区の鳩森神社にある「富士塚」のことだ。
 日本には古くから「富士信仰」があって、富士山に登山することが最高の修業となるのだが、交通機関がなかった昔は富士山に出かけることは容易ではなかった。そこで江戸各地に富士山のミニチュアをつくり、それを登れば富士山を登ったことにする――それが富士塚というわけだ。

 ここの富士塚は、都内最古とのこと。溶岩が随所に使われ、烏帽子岩、入定窟、富士浅間神社などのミニチュアもある。
 標高6mとはいえ、傾斜は急角度であり、見た目より登り甲斐のある富士山だ。神宮球場からは少し歩かなくてはならないないが、興味のある方は一度登ってみたらご利益があるかもしれぬ。

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 2、3年前に、東京23区で一番高い山を目指して散歩に出たことがある。人工の山ではなく、自然の山限定だ。
 ビルが立ち並ぶイメージが強い区部にはたして山と呼べるものがあるのかどうか半信半疑だったが、調べてみると見つかった。それも都心の港区である。

 所在地は、東京都港区愛宕。山の名は「愛宕山」だ。
 標高25.7m。エレベーターがついているし、クルマで登る車道もあるのだけれど、せっかくの“山”なのであるから、「急階段」と呼ばれる山頂直通の階段を登るのが正しいとしたものだろう。
 登る時はそれほどとは思わないが、降りる際に上から見ると、急傾斜のほどがわかって怖いほどだった。

 山頂には、愛宕神社があり、鯉の泳ぐ池がある。日本で最初にラジオ放送が行われた場所であり、NHK放送博物館がある。
 かつて、ここからの江戸の街の眺望は素晴らしかったそうだが、このあたりではまったく目立たない低層ビルよりも低い山頂となった今では、“山”の面影も、威厳のようなものも感じられない。山頂をこれほど見下ろされる山は、そうそうあるものではない。

 しかし、なかなか風情があり、妙に落ち着ける場所であることは確かである。木立がこんもりと茂り、夏でも日差しをさえぎってくれる。
 ぼくの住処に近い代々木公園にNHKの本拠(NHK放送センター)があるので、NHK放送博物館にも親近感がある。また、ぼくの好きな猫も、何匹か住み着いていて、人を恐れる風もない。

 一番気に入ったのは、車道の中腹にある店だった。あの「ソムリエ世界一」の田崎真也氏のワインの店である。
 赤ワイン好きのぼくには意外な遭遇であり、思わず店に入ってみたのだが、このあたりには彼の店(レストランやワインスクールなど)がいくつかあることを後になって知った。

 年齢を重ねるにつれて、アルコール量は減っているが、若い時には好まなかった赤ワインを最近は気に入ってよく飲む。
 銘柄には無頓着だけれども、国でいうと、スペイン、ポルトガル、チリのものが口に合うような気がしている。そう、最近、南アフリカのものにも美味しいものがあった。

 その田崎真也氏、今日(3月21日)が誕生日だとか。年齢はイチローの背番号と同じだそうである。
                        (谷川彬良)

 (この記事も、予約配信しました)  

2009年3月20日 (金)

卒業写真-2-

 早大野球部からは、上本、細山田、松本、須田らが卒業する。大学で過ごした時間は長い人生から見ればほんの序章であって、やがてプロ野球での活躍が彼らを代表する勇姿としてファンの脳裏に焼きつくことになるだろう。(もちろん、須田も含んでいる)

 しかし、それは大学時代の輝かしさが弱まったのではなく、プロ野球人としてのまばゆいまでの輝きが、相対的に大学時代の輝きを小さく見せるだけのことだ。
 皆、球史に残るプロ選手になることを祈っている。

 さて、プロ野球開幕まであと少しのこの卒業の時期。大学時代の記憶が新鮮な今のうちに、ぼくにとって最も印象が強い“写真”を考えてみた。

●上本博紀……読者の方から送っていただいた写真(以前にも書いたことがある)。練習ユニフォームの上本が、立ち姿の小さな男の子を抱きかかえるようにしている。
 いつも瞳が輝いているように見える上本の瞳はさらに輝いていて、これまでに見せたことのない笑顔をつくっているのだ。

●細山田武史……2007年秋の早慶3回戦の9回二死。スタメン捕手の細山田が先輩捕手の川本(四年生)に代わる時に見せた泣きじゃくる顔。自分の最後の早慶戦よりも、感激しているようだった。

●松本啓二朗……昨年秋の新人戦で、ネット裏で観戦していた姿。学生服姿で、隣には父親がおり、しばらくの間楽しそうに話していた。ドラフトでベイスターズに指名された後とあって、その顔には達成感が浮かんでいた。

●須田幸太……細山田と同じ2007年秋の早慶3回戦。早大はこの試合に勝って、3連覇を決めた。グラウンドに優勝の歓喜が広がっている時、須田はネット裏にいて、「冷静に、静かに球場を見据えてた」。「とてもとても『深い目』をしていた」……。
 この試合、ぼくも観戦していたけれども、じつはこの時の須田を目撃してはいないし、写真でも見ていない。「」内はあるブログに書かれていたことである。
 しかし、このシーンがやけに印象に残っていて、ぼくの頭の中に画像が浮かび、深く刻まれたわけである。

 彼ら4人であれば、印象に残るプレーもたくさんあるわけだけれど、最初に浮かんでくるのはプレー中の彼らではなかった。
 彼らにしたら不満かもしれないが、「人間」が見える写真、場面というものは、人の心を揺さぶるものである。

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 野球とは関係ない話であるが、お許しいただきたい。

 わが家は、ぼくと妻、息子、娘の4人家族であるが、つい最近、3人暮らしになった。社会人になってまもなく丸1年となる息子が、別の場所で暮らし始めたのだ。
 息子が引っ越した場所がなかなかいい。早大OBでありながら、早大野球部にもラグビー部にも興味がないくせに、なぜか西武新宿線。しかも、東伏見駅の二つ隣駅なのだ。
 野球部のグラウンドまで、2.5キロメートルくらいの距離しかなく、自転車ならほんの15分くらいではないだろうか。ぼくが代わりに住みたいくらいだ。(笑) 神宮球場の近くもいいが、東伏見の近くもいい。

 さて、息子の話。別居とは言っても、完全な自立ではない。自分の部屋を空っぽにしていったわけではなく、家具やTVなどはそのまま。「月に1、2回は帰ってくると思うよ」。引越しトラックもなく、家のクルマを使うわけでもなく、大きめのバッグ一つで出て行った。

 喧嘩をしたわけではない。親とは別の場所で暮らしたくなっただけのこと。行動を起こすかどうかはともかく、若い時には誰にでもあることで、たとえばぼくは大学二年の時に1年間、一人暮らしをした。
 でも、息子とぼくでは成り立ちが違う。ぼくは親のすねをかじりつつの一人暮らしであったが、息子はすでに働いていて、自分の金で暮らすからである。

 月に1、2度顔を見せることはあったとしても、基本的に“同じ屋根の下”で暮らす時間は終わったんだな、と感じている。
 息子が家を出て行く時、何か「挨拶」らしいものがあるかと思っていたけれど、自室にいたぼくの顔を見ていくこともなく、「じゃ、行ってくる」とだけ扉越しに言い残してさっさと玄関を出て行った。

 認識の違いは明らかである。息子は“プチ別居”くらいの軽い気持ちなのかもしれないけれど、父親のぼくにすれば“わが家からの卒業”くらいに感じている。
 高校生、大学生、社会人と進むにつれて、子どもの頃のような親子の濃密な時間はなくなったとはいえ、同じ空間で目覚め、眠ること、気配を感じるだけでも何がしかの「意味」はあったはず。その空間がなくなった。

 曲がりなりにも父親であるぼくから、息子は何かを学んでくれたのであろうか。今はそれが気になっている。
 ぼくを“教師”として学ぶことがあったのなら嬉しいけれど、たとえ“反面教師”であったとしても、それはそれで親としての最低限の意味があったことになるだろう。

 もちろん、その場合は、ぼくの「反面教師の行為・行動・思想」を、息子が「反面教師」として受け取る力を持っていることが大前提となるわけだが。
 このあたりは、ぼくが謙遜しすぎなのか、あるいはただの親バカなのかはわからないけれど、息子は反面教師を反面教師として受け取れる眼力は持っているように思われる。それがありがたい。

 息子が生まれ、病院でガラス越しに対面した時、「この子が社会に出るまでは死ねない」と心に誓った。
 その赤ん坊は社会人となり、次いで別居することになって、結婚はまだにしても、親としての責任は果たせたかな、との思いはある。

 これまでは「息子と何回食事をするんだろう」などと考えたことはなかった。だが、「月1、2回」と限られた数字を与えられてみると、突然現実味を帯びてきて、指折り数えられそうな気がするから不思議である。
 ぼくはそう長生きはしない気がしているから、残された回数は寂しくなるほど少ないに違いない。

「生活の拠点を変えたい」と息子から申し出があったのは、先々週のことだ。「それは相談か? 報告か?」と問うと、「報告のつもり」と言った。
「相談」であるならば、一人で何もかもまかなうことの大変さ、机上の計算以上に金がかかること、また一人暮らしがこの上もなく寂しいこと……を語るつもりであったが、「報告」であるなら、すべては用なしだ。気持ちよく送り出してやろうと思った。

 その話し合い、いや報告の時に、息子に言い忘れたことがあった。日曜日に家を出て行く時に、その言葉を言うつもりであったが、前述したように息子はコンビニに雑誌を買いに行くような雰囲気でさっさと出て行ってしまった。
 ぼくが用意していた「体だけは気をつけろよ」のありきたりな一言は、行き場がないまま、ぼくの胸の中に留まったままである。
                    (谷川彬良)

 (この記事も、予約配信しました)

2009年3月18日 (水)

卒業写真-1-

 3月。卒業シーズンである。とはいえ、早大野球部やラグビー部の四年生は、それぞれ次のステージに向けてとっくにスタートを切っている。
 プロに進んだ選手は「夢」を手に入れた感慨を味わいつつも、その世界の厳しさを体験しているだろうし、社会人チームに進み、「いずれはプロで」と決意を胸に刻み込んでいる選手もいることだろう。

 その一方で、四年生をもう一年過ごさなくてはならない選手もいるらしい。「文武両道」ではあっても、部の活動に力を注いだ選手だっているだろう。それも青春だ。若いうちはいくらでも取り返しがきく。もう一年、頑張ってもらいたい。(ちなみに、ラグビー部は“五年目”も試合に出場できるのだそうだ)

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 この季節、松任谷由実の歌が似合う。「卒業写真」「ノーサイド」「最後の春休み」……。彼女の数多ある名曲の中でも、学生時代の最後を歌い込んだものが、ぼくはとくに好きである。

「最後の春休み」
♪ひっそりとした長い廊下を歩いていたら 泣きたくなった♪
♪もしもできることなら この場所に同じ時間に
 ずっとずっとうずくまっていたい♪

「ノーサイド」
♪彼はもう二度と かぐことのない風 深く吸った♪
♪何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの♪
♪同じゼッケン 誰かがつけて
 また次のシーズンをかけてゆく♪

 なにも難しい言葉を使っていないのに、実に見事に場面、心情を表現している。
 昨年だったか、彼女のFMラジオ番組で「松任谷由実の泣ける歌ランキング」なる企画があって、聴取者から投票を募っていたのだが、1位はこの「ノーサイド」だった。ぼくも異論はない。

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 さて、もう一つの名曲「卒業写真」である。これもまた、泣かせる歌である。

「卒業写真」
♪悲しいことがあると開く皮の表紙
卒業写真のあの人は やさしい目をしてる♪
♪人ごみに流されて 変わってゆく私を
 あなたはときどき 遠くでしかって♪
♪あの頃の生き方を あなたは忘れないで
 あなたは私の青春そのもの♪

 悲しいことがあった時に、開こうと思える「卒業写真」をお持ちの方は幸せだ。「良き想い出」があるからに他ならないのだから。
 たとえ片想いであったとしても、好きな彼(彼女)がいたことは、それだけで素敵な想い出になる。
 いや、こんなことを口にすると叱られそうだけれど、むしろ片想いだったからこそ“幸せ”だったと言える恋もある。片想いを打開すべく、ぶち当たったところが、見事に玉砕してしまうことだってあるのだ。(笑)

 皆さんは、「開きたくなる卒業アルバム」をお持ちだろうか? ぼくの場合、中学はともかく、高校の卒業アルバムはとても開く気にならない。男子校だからだ。(笑)

 松任谷由実の「卒業写真」は、俗に言う「卒業アルバム」のことなのだろうけれど、世の中にはその数よりもはるかに多くの“卒業写真”が存在するのかもしれない。
 誰かを思い浮かべたときに、真っ先に出てくる“写真”。それもまた、卒業写真であるだろう。(続く)
                    (谷川彬良)

 (#3月16日から外出しております。戻ってくるのは25日の予定ですが、選抜高校野球第5日に行きたいので、一日早めることを検討中。さて、どうなりますか。この記事は、予約配信でお届けしました)

2009年3月13日 (金)

第81回選抜高校野球、組み合わせ決定

 第81回選抜高校野球の抽選会が行われ、出場32校の組み合わせが決定した。 http://www2.asahi.com/koshien/images/senbatsu2009_yagura.gif

 早実の一回戦は第5日第二試合で、対戦相手は「天理」。明治神宮大会準優勝の強豪校。天理は、ぼくが気になっている学校の一つである。

 もしも早実が勝ち進むようなら、準々決勝で「彦根東」と対戦する可能性がある。彦根東は、2月にお亡くなりになった早大OB山内政治(Seiji-Y)さんの母校である。
 対戦が実現したら、ぜひ応援に駆けつけたいカードとなった。早実の和泉監督は、山内氏の早大での後輩にあたる。対戦となったら、和泉監督も特別な想いを抱くことになるだろう。
 山内氏も、空の上から対戦を心待ちにしているものと思われる。

 早実が勝つと想定してばかりで申し訳ないが、準決勝には「西条」と対戦する可能性がある。
 これまた気になる学校の一つ。神宮大会の準決勝で天理と対戦し、ほぼ勝利を手中にしていながら、9回裏に2点をとられて同点とされ、延長12回に力尽きた。
 西条のエース秋山は、体に恵まれた本格派。一冬越して、どこまで成長しているか、非常に楽しみな投手だ。

 さて、今大会注目の慶應は、早実とは別の山。早慶戦が実現するとすれば、決勝戦ということになった。
 慶應は神宮大会で優勝しており、センバツも優勝候補筆頭との声が聞かれる。早慶戦実現の鍵は、早実が握っているといえるのかもしれない。
                    (谷川彬良)

2009年3月12日 (木)

第81回選抜大会、さて観戦をどうするか

 3月13日、第81回選抜高校野球の組み合わせ抽選が行われる。今年は、早実と慶應が選抜大会では初めて同時出場を果たし、甲子園での早慶戦実現への期待も高まっている。
 これまで早実が出場しても、ぼくは甲子園まで足を運んだことはなかったのだが、今年はすでに腰が浮きかかっている。(笑)

 早実からは、「甲子園応援ツアー」(オフィシャルツアー)の申込書が届いている。
・Aコース(第1試合~第3試合)は、新幹線利用で、大阪市内のホテル宿泊。新大阪から甲子園までは各自移動。3万9000円。
・Bコース(第2試合~第3試合)、新幹線利用の日帰り。甲子園までの電車賃込み。3万1000円。
・Cコース(第1試合~第3試合)は、貸し切りバス利用。1万6000円。

 Cコースのバス利用が手頃で、うちから近い新宿から乗れるのも魅力。しかし、甲子園まで長時間移動となるし、道路状況によって到着時間が遅れる可能性があるのも心配である。
 Aコースを利用して、久しぶりに行く大阪あたりを少しだけ回る手もあるけれど、現実的にはBコースか。もちろん、ツアーを頼まず、自前で甲子園に乗りつけたって良いわけだが、甲子園が初めての身としてはツアーに便乗するのが心強い。

 もちろん、勝ち進んだとしても、早実の試合をすべて観戦するわけにはいかない。加えて、ぼくは開幕日(3月21日)あたりを中心に10日間ほどいなくなるので、早実の1試合目(2試合目も?)はどちらにしても無理。
 狙っているのは、早慶戦。両校が当たるのは、早くても準々決勝だというから、そのあたりに行けたらなあと考えているのだ。もしも、敗退してしまっていたら、仕方ない。
 もし準々決勝で早慶戦が実現しなくても、そこまで早実が残っていたら行くつもりでいる。

 じつは、早慶戦は決勝戦で実現するのではないかと密かに思っているのだけれど(どなたにも賛同は得られまい。 笑)、もしもそうなったら徹夜組もでるかもしれず、自前でのこのこ甲子園に出かけたって観戦できないかもしれない。
 その場合は、オフィシャルツアーに申し込むのが確実だと思っている。(ツアーも、定員になり次第締め切りなので、絶対確実とは言い切れないのだが)

 さて、今年の甲子園。どんな盛り上がりを見せてくれるだろうか。
 まずは、明日(13日)の組み合わせ抽選を楽しみにしたい。
                    (谷川彬良) 

2009年3月11日 (水)

「やばいっす」

 大学運動部の主将ともなれば、インタビューで何を質問されても、当たり障りのない受け答えができるとしたものである。
 早大野球部・前主将の上本にしても、その前の田中幸長にしても、優勝した時のインタビューは喜びと感動が入り混じりながらも、きちんとした言葉を返していたように思う。

 昨日送られてきた「VISA」という三井住友カードの月刊誌4月号に、面白い記事が載っていた。
 タイトルは「文章にすることで、考える。『言葉の人』に導かれた全国優勝」。全国大学ラグビー選手権で優勝した早稲田大学の豊田主将が、試合終了後のインタビューで「やばいっす」を連発したことが取り上げられている。
 書き手は「絶対音感」「東京大学応援部物語」などをお書きになった、ノンフィクションライターの最相葉月さんである。

 さて、優勝インタビューで「やばいっす」を連発した豊田主将は、その意味を問われると「伝わらないと思うので、あとで文章で提出します」と答えた。
 この発言は物議を醸し、OBらからクレームが来たらしい。

「やばい」には「危険」といった意味のほか、現代の若者たちは「嬉しい」などの意味でも用いる。
 しかし、何にしてもそんなに難しい意味を含んでいるとは思えず、「どんな意味か?」と訊かれたら、「ざっと、こういう意味です」と即座に答えられそうなものだ。
 しかし、豊田主将は「文章で提出します」と答えた。この一言について、書き手の最相葉月さんは、「耳元で中竹監督の『文章にして提出しろ』という声が聞こえたのではないか」と推測している。

 中竹監督は「言葉の人」とも言われるほど、コミュニケーションを大切にする人だという。もしかしたら、豊田主将は以前にも「やばい」のような短絡的な発言をして、「文章にして提出しろ」と言われたことがあるのではないか、というわけだ。
 自分の思いをその時の興奮のままに、感情のままに出すのではなく、冷静に自分の心の中を覗き、レポートにして提出しろ――と。
 その経験があったと仮定すれば、「やばい」連発のあのインタビューでの「文章で提出します」の答えも、そういうことか、と思えなくもない。
 1ページの短い文章だが、最相さんならではの視点だと感心した次第である。「VISA」(4月号)がお手元にある方は、ぜひご一読いただきたい。

 なお、豊田主将が“約束”した文章は、後日、ラグビー部のHPに掲載された。
「1月10日・国立競技場で伝えられなかった思いを綴らせて頂きます」から始まって、中竹監督の「言葉」に導かれた一年だったと述懐している。

 ――――――――――――――――――――

 最相さんのこの文章を読んで、気づかされたことがあった。
 ラグビー部の練習場がある東京・上井草で優勝パレードが行われた1月24日。豊田主将がセレモニーで、挨拶をした時のことだ。

 冒頭、「高い所から失礼します。本日はお足元の悪い中~」と切り出した。それを聞いたギャラリーから、冷やかしとも思える歓声が上がったのだ。
 ぼくは国立競技場のインタビューを知らなかったので、歓声には「?」だったのだけれど、あの「やばい」インタビューの豊田主将が“大人の挨拶”をしたぞ――ギャラリーの歓声にはそんな意味も込められていたのではないか。
 なるほどそんな伏線があったのかと、今頃になって合点がいった気がした。

 こんなことを書いたからといって、野球部の主将と、ラグビー部の主将を比較しようというわけではない。野球部、ラグビー部に限らず、主将はそれぞれの「個性」でチームを引っ張ればいいだろう。
 豊田君は歴代のラグビー部主将の中でも“異色”ではあるようだ。ファンやOBはそれぞれに理想のキャプテン像があるだろうから、そこからははみ出しがちなタイプだったのかもしれない。

 しかし、主将に点数をつけるのはむずかしいし、点数をつける必要もなかろう。
「豊田組」は対抗戦で2敗しながらも、選手権決勝ではその豊田主将の2トライで優勝を果たした。
 その結果がすべて――ということでいいのだろうと思う。
                       (谷川彬良)

(追記: コメント欄にサラさんが書き込んで下さったように、豊田主将の「やばいっす」発言に対しては、クレームだけではなく、擁護する声もあったということです。非難されただけのような書き方をしてしまいました。豊田君、ごめんなさい)

2009年3月 9日 (月)

斎藤佑樹は今年でした

 東京六大学野球連盟HP上部の帯写真を見て驚いた。各校から1選手が選ばれて、1年間の「シンボル」となるわけだが、六大学いずれも「投手」が起用されたのだ。

 左から、法大・二神、東大・鈴木、立大・増田(戸村?)、早大・斎藤佑樹、慶大・中林、明大・野村。
 投手と打者、ある程度バランスをとるものと、ぼくは思っていた。(昨年は、投手4、打者2)

 しかし、昨年の戦いからわかるように、今の六大学は「投高打低」。力のある投手が多いだけに、これはこれで面白い。
 意外だったのは、早大・斎藤佑だ。いや、実力的にはもちろん何の異論もないが、彼は来年に残しておくような気がしたのだ。
 もっとも、東大・鈴木は昨年に続く連続登場であるから、斎藤が来年も起用されることもないとは言い切れまいが。

 当ブログ、2月3日の記事でこの「今年の顔」を予想したのだが、まあ、許せる範囲の正解率だったか。(笑)
                       (谷川彬良)

 # すみません。立教の写真、増田か戸村か、お分かりになる方は教えてください。

●追記:U様、コメントをお寄せいただき、ありがとうございました。(ご希望通り、削除させていただきましたが、よろしかったのでしょうか?)
 昨年の選手名鑑を引っぱり出してみたところ、おっしゃるように戸村君の可能性が高そうですね。視力があまり良くないので、はっきり確認できず、すみませんでした。また、よろしくお願いいたします。(谷川)

09年東京六大学春季リーグ、日程発表

 東京六大学野球09年春季リーグ戦の日程が発表された。

 http://www.big6.gr.jp/game/league/2009s/2009s_schedule.html

 予定通り、開幕日は4月11日。早大-東大で、8週間のリーグ戦がスタートする。

 連覇を狙う早大にとって、最初のヤマは、第3週の法大戦になろうか。
 メジャーリーグも興味を示しているドラフト候補・武内、二神の四年生投手に加え、昨季はその二人を上回る投球を見せた加賀美という強力法大投手陣を、早大の新打線が打てるのかどうか。
 早大は第2週は休みだが、法大は第2週から登場し、その勢いのまま挑んでくる。法大はいつも早大にはぎりぎりの好勝負をしており、今年も優勝の行方を左右する対戦となりそうである。

 ――――――――――――――――――――

 さて、春季都大会の早実の試合日程とにらめっこをしてみる。
 早実は2回勝つと、六大学開幕日の4月11日、12:30から神宮第二で試合がある。
 さらに勝ち進むと、リーグ戦前半の天王山といえる早大-法大の第3週(4月25日、26日)に、準決勝(神宮第二12:30)、決勝(神宮第二12:00)である。

 もしも、準決勝、決勝まで早実が残ったとしたら、さてどうしようか……と悩む。
 その日の気分次第だとはと思うが、今年は六大学を優先するかもしれない。武内、二神、加賀美の三本柱に対抗して、斎藤佑、大石の二枚看板、そして、こちらも負けていない松下、楠田、大前のドラフト候補3人衆がどんな投げ合いを見せるか。
 近い将来、プロに進むかもしれない投手が、両校合わせて8人!(いや、もっといるかもしれないが) 高校野球のトーナメントの“魔力”も、この早大-法大の豪華投手陣対決には負けるかもしれない。
                     (谷川彬良)

2009年3月 8日 (日)

WBC韓国戦。日本、まさかのコールド勝ち

 東京ドームで行われたWBC日本-韓国は、日本が14-2の7回コールド勝ち。米国で行われる第2ラウンドへの進出を決めた。

 日本の初回の攻撃は、久々にしびれた。先頭のイチローが今大会初ヒットで出塁すると、2番中島がセンター前ヒットで続き、3番青木もセンター前へ先制タイムリーを放った。
 大事な韓国戦。しかも最近1勝6敗と相性の悪さを考えれば、中島の打席、青木の打席、どちらもバントがあるかという場面だった。
 しかし、気合の連続強攻策。この試合に賭ける原監督、日本チームの前向きな姿勢は爽快だった。
 日本は、韓国の先発左腕・金広鉉の立ち上がりが悪いと見たのか。それとも、何かクセを見抜いたのか。そんな感じも少しした。

 日本の先発・松坂は立ち上がりこそ不安定だったが、徐々に調子を上げたし、リリーフ投手も持ち味をきっちり出した。
 打線もみんな良い働きをした。印象に残ったのは、2番中島だ。中国戦でも、この韓国戦でも、つなぎ役を見事に果たした。
 昨年、パ・リーグでほぼ首位打者だった優秀な打者ではあるが、これほど2番という打順で機能するとは思っていなかった。大したものだ。

 ――――――――――――――――――――

 日本のコールド勝ちは「まさか」だ。コールドゲームがあるとすれば、「韓国勝ち」だと思っていたくらい、韓国打線は脅威に映っていたのである。
 夜7時から中継の始まったスポーツパブは、初回からの日本の大攻勢に大盛り上がり。最初から「日本有利」と思っていれば、こんなには盛り上がらなかったろう。

 満員の東京ドームがあれほど盛り上がったのは、久しぶりではないだろうか。試合途中で、ウェーブが何回も起こっていたようだが、外野席の韓国応援席も加わってくれたのはご愛嬌?(笑) 
 まあ、大差になってしまったから、半ばやけくそだったのかもしれないが、日韓友好に寄与したパフォーマンスだったと評価しておこうか。(笑)

 臨場感はないけれど、スポーツパブでの応援も楽しいものである。アルコールが入っていることもあるが、知らない人とでも一体感を味わえる場所だから、ぼくはけっこう気に入っている。
                       (谷川彬良)

2009年3月 4日 (水)

斎藤佑樹は「1」のままだそうで(笑)

 背番号をめぐってこれだけ何度もニュースになってしまうのが、人気の証なのだろうけれど、今度は本当なんでしょうね。(笑)
 斎藤佑樹(早大)の背番号が、昨年と同じ「1」のままだと報じられた。

 沖縄キャンプで應武監督は、「(背番号)1をもう1年つけて、ワセダの1番は斎藤というイメージを作りたいと言っていた」と語ったらしい。正式発表ではないところが気になるが、まあ、今度は「1に決まり」ということにしておこう。
 となれば、「11」は新四年生の右腕M投手かK投手がつけることになるか。これまでの実績を鑑みれば、M投手になる可能性が高そうである。

 さて、雰囲気からすると、周囲は伝統のエースナンバー「11」を背負わせたいが、斎藤が意思を曲げなかったようだ。その意気やよし。「1」も新たなエースナンバーとして定着させてもらおう。
 また、斎藤には、四年生につけてもらいたい気持ちもあったのかもしれない。

 斎藤は「伝統」のしばり、エースナンバーの重責から逃れたかった――と思う人もいるだろう。そういう側面も、少しはあるかもしれない。
 だが、斎藤は自他共に認める早大のエースである。背番号はもはや関係ない。どの道、結果を出さなくてはならない選手なのだ。

 むしろ、重責から逃れるつもりならば、周囲の勧めのままに事を運ぶほうが「楽」とは言えまいか。
 なのに「1」への愛着、執着を口にし、従来のエースナンバーをひとまず蹴った。大河に流されずに我を通したことに、斎藤の「決意」を感じる。

 ――――――――――――――――――――

 日刊スポーツの記事に、東京ヤクルトのスカウトが「今年もドラフト候補が3人いる」として、早大野球部を徹底マークする腹づもりだとある。
「3人」とは、いずれも投手のことなのだろう。M、K、O。右、右、左の新四年生トリオだ。大学に入ってからの実績は、M投手が頭一つ、二つ抜けているが、身体的なものも含めた潜在能力は、K投手もO投手も引けを取らない。

 昨年、早大野球部からは、上本、細山田、松本の野手3人がドラフトにかかった。
 今年は、投手から3人がドラフトにかかるのか。その可能性があるだけでも、本人たちのやる気は格段に違うだろう。
 サボりがちなランニング練習にも、今年は積極的に取り組んでいるのではあるまいか。(笑) 

 投手陣では、斎藤や大石に注目が集まりがちだけれど、最終年に賭ける四年生投手トリオの飛躍も大いに期待できると思っている。
                     (谷川彬良)

2009年3月 3日 (火)

春季都大会、早実の初戦は4月6日

 夏の甲子園の都大会のシード権に関わる「春季都高校野球大会」のトーナメント表が発表された。

http://www.tokyo-hbf.com/news.php?nid=b5997ec6f191e99a70ea0b60ee435c61 

 甲子園(選抜大会)から戻ってきての早実の初戦は4月6日で、決勝(4月26日)までの6試合すべて神宮第二球場で行われる。
 ぼくにとっては、ありがたい。六大学野球の早大と同日の試合も予想されるが、可能であればハシゴをするつもりだ。

 早実の初戦の相手は、なんと日大鶴ヶ丘-東海大高輪台の勝者。その後の対戦相手を予想すると、創価、関東一と、前半3試合がすべて強豪になりそうな雰囲気である。(各校のチーム状況は知らないが、毎年強い学校ばかりだ)
 2つ勝ってベスト16。これで夏の都大会の最低シードが得られる。

 甲子園後の早実がどんな戦いを見せてくれるであろうか。

 ――――――――――――――――――――

 野球の話題ではない。今日3月3日はひな祭りであるが、一つ、気になる戦いがある。将棋のA級順位戦(最終戦)だ。
 将棋界はC2、C1、B2、B1、Aと棋士の実力ごとに5段階に分けられていて、最高クラスのA級棋士はわずか10名。この上に「名人」(現在は羽生善治)が君臨する。(1、2、3……と棋士の順位が決まるので「順位戦」という。順位だけの問題ではなく、対局料という収入面にダイレクトに響いてくるから、各棋士の力の入れ方が違う)

 名人への挑戦者はA級10名の総当りの結果で選ばれるが、成績下位2名はB1へ降級することになる。
 今回気になっているのは、A級連続27期(名人在位含む)の谷川浩司九段が降級の危機にあるからだ。

 谷川九段は、ぼくが一番好きな棋士である。中学生でプロ棋士(四段)になり、C2で1年足踏みがあったものの、以後は毎年昇級。
 初参加のA級順位戦でトップタイとなり、プレーオフで中原誠16世名人を破って、名人挑戦。なんと史上最年少の21歳で、名人位に就いた。

 谷川氏は以前、「A級から陥落したら引退」をほのめかしていたことがある。今日の最終戦に勝てば残留できるが、負けると他の結果に関係なく、即降級となる。
 谷川九段は「17世名人」(名人在位通算5期以上)の資格をもっており、永世名人が降級となれば“事件”といえる。(数年前に、16世名人の中原誠もA級から陥落したが、彼はB1でも将棋を指した。また、15世名人の大山康晴はA級在位のまま、69歳で死去した“怪物”だった)

 谷川氏は兵庫県の出身で、現在も神戸に住んでいる。あの阪神淡路大震災を体験し、渋滞で車が動かない中を長時間かけて大阪の将棋会館に到着。「将棋を指せる幸せ」を感じたそうだ。
 押しも押されぬ一流棋士。人気もある。「光速流」と呼ばれる終盤の強さ。迷ったときには踏み込む気持ちのよさ。静けさを感じさせる物腰。それでいて、凄みのある存在感……。

 もしも負けたら、本当に引退してしまうのか。15世名人の大山、16世名人の中原、19世名人の羽生のように“時代”を築いたとは言えない谷川17世名人であるが、もし引退となったら寂しくてならない。

 結果は、3日の夜か、日付が変わって4日未明になることも珍しくない。相手の鈴木大介八段も、負ければ降級。A級とプライドを賭けた大勝負である。
 谷川vs鈴木。どちらに軍配が上がるか。ぼくとしては、永世名人の底力を見たい。

 ――――――――――――――――――――

 貧血再び。(笑)
 昨夜のことだ。「パパ……パパ……大丈夫?」の声が耳元から聞こえた。「ん?」、目を開けると、自室の机に突っ伏していた。椅子に腰掛けており、上半身は机で居眠りの状態。

「パパ……」の声は娘で、机に転がった受話器から聞こえていた。
 そうだ、電話が鳴ったので、転寝していたソファから飛び起きて受話器をとり、娘と二言三言話した直後に目の前が暗くなったのだった。前歯を失くした昨年11月の路上貧血事故と同じような気の失い方だった。
 いずれの場合も、アルコールが軽く入っており、動きを止めた直後にやってきている。

「パパ、どのくらいの時間黙ってた?」と電話の娘に聞くと、「……20秒かそのくらい」との返事。短い時間だが、その間の記憶はまったくない。
 路上貧血事故を今年になって主治医に話したところ、「じゃあ、調べておきましょう」と先々週、心電図(24時間)と脳波のデータを取った。結果は、3月中旬に出る。
 貧血は、ただの脳貧血だと思うのだが……。
                      (谷川彬良)

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