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2009年2月

2009年2月26日 (木)

六大学野球、録画中継中止に思う

 東京六大学野球リーグ戦を全試合録画中継していた第2日本テレビが、今年は放送しないことを決めたそうである。
 六大学野球ファンとして、こんなに残念なことはない。

 東京六大学野球連盟に問い合わせたところ、「制作費がかかりすぎるそうです」と答えてくれた。
 しかし、何を放送するにしたって、制作費がかからないものはない。「制作費に見合う収入につながらなかった」が本当のところであろう。莫大な制作費がかかったとしたって、相応の利益を生むならば放映するはずである。

 あるいは、連盟側が今年から放映権料をアップしたか?(この不況下では考えにくいが)  その可能性も否定できないが、それよりも斎藤佑樹人気に乗っかろうとしたけれど、それほどの“旨味”はなかったと考えるのが自然かもしれない。
 録画を見てもらえるカードに偏りがあった可能性も高い。

 しかし、一時の爆発的な人気は落ち着きを見せたとはいえ、潜在的な「斎藤佑樹ファン」は相当な数がいるであろう。しかも、全国区といっていいはずだ。
 神宮球場から遠い場所にお住まいのファンの中には、この録画中継を拠り所としていた方が少なくないと思う。
 しかし、神宮球場に足を運べる場所に住んでいる人にとっても、じつは中継録画の熱心な利用者はたくさんいる。
 ぼくもその一人。球場で見逃したプレーやもう一度観たいプレー、テレビ画像ならではの選手のアップの表情など、帰宅してからもポイント、ポイントを再生させてもらった。昨年春の「原の一塁へのヘッドスライディング」(対法大)や、秋の「上本の超ファインプレー」(対法大)など、感動しながら何度見せてもらったことか。
 もちろん、球場に駆けつけられなかった時には、中継録画が頼みの綱だった。

 中継録画は、情報の宝庫でもあった。各種データ、選手の現在の調子や怪我の情報、プライベートな話まで持ち出してくれることもあった。
 生で観る試合と、中継録画の試合は、大げさに言えばぼくの中では“別物”。カーナビなしでドライブに行って、帰宅後に地図でルートを確認するような楽しさも併せ持っていたのである。

 こんなこともあった。球場で観戦し、全部を知ったつもりで書いた当ブログ記事に対し、録画中継をご覧になった遠方の読者の方から、ミスを指摘していただいたこともあるのである。

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 録画中継がなくなることで、数少ないプラスに働くかもしれないのは、観客動員数であろう。生で観るしかなくなったとなれば、これまで時間差には目をつぶりながら自宅観戦を楽しんでいたファンの何割か、何%かは、球場に足を運ぶであろう。
 第2日テレの放映撤退によって放映権料収入はなくなっても、入場料収入の増加を考えれば、連盟にとっては痛手でも何でもないのかもしれない。

 選手やファンにとっても、プラス面はある。選手は、多くの観客の中でプレーする充実感を味わうことができる。
 球場に足を運ぶファンもまた、熱気の中での試合に興奮度を高めることだろう。かつての六大学野球は、早慶戦以外でも満員になったこともある。満員のスタンドは、眺めるだけでも気持ちが良い。

 しかし、そのようなプラス面を考慮しても、「録画中継なし」のマイナス面は大きい。
 早慶戦はおそらく地上波での放映があるにしても、それ以外の試合は、最多でも3万余の人しか目にできなくなってしまうのだ。

 前記事で書いた「東京監督対談」で、劇作家の野田秀樹氏は次のように語った。

「不況になると真っ先に削られるのは、(日本では)文化・芸術になっちゃう。だけど本当にキツいときに心の支えになるのって、これらなんだよね」

 野田氏の拠点の一つであるイギリスと、日本を比較しての言葉である。イギリスには文化・芸術が根づいているが、日本は違う、と言っているのだ。

 不況の折、企業論理からすれば、まずは文化、芸術、スポーツなど、“本体ではない部分”を切り捨てようとする。このところ、アイスホッケーや球技などから、名門チームの撤退が相次いだ。
 しかし、あまり良いニュースのないこんな時代、世の中だからこそ、文化や芸術、そしてスポーツから、元気や勇気、感動をもらっている人がどれだけいるか、も考えてもらいたいのである。
 神宮球場の間近に住んでいても、病床にあったり、体が不自由で自宅を出られない人だっていらっしゃると思うのだ。

 もっとも、スポーツ中継の要望は、六大学野球に限ったことではあるまい。ただ、いつも必ずそこにあったものが突然なくなることは、何に限らず特別な寂しさをもたらす。
 第2日テレの撤退を、「これも時代」の一言で括りたくはない。“復活”の日が来ることを、切に願う。
                         (谷川彬良)

2009年2月24日 (火)

東京監督対談

 東京芸術劇場(池袋)で行われた「東京監督対談」という催し物に行ってきた。(2月23日夜)
 古田敦也氏(前東京ヤクルトスワローズ監督)と、野田秀樹氏(劇作家)が「監督」をテーマに語り合うわけである。
 お二人は、10余年前に古田氏が野田氏の演劇を観て以来の付き合いだそうだ。

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 古田氏の兼任監督当時の話で面白かったのは、チャンスを迎えた時に誰を代打に出すか。
 残ったメンバーの力を冷静に判断すると、どうしたって「オレ」が出るべきであることがわかる。いわゆる「代打オレ」だ。

 だが、この時を待って、ベンチ裏で素振りをして準備していた選手の顔を見ると、「よし、お前行って来い」と送り出してしまうことがしばしばあったという。
「監督には、若手を育てる任務もある」。監督としては満足な成績を収められなかったけれど、人の良さがマイナスに働いたか? 頭の良い人であるから、専業監督か、参謀役としてなら力を発揮するかもしれないと思う。

 代打が送られるシチュエーションは、「チャンス&ピンチ」だという。結果を出せば力を認められ、出場機会が増えるし、打てないことが続けば二軍に落とされる、というわけだ。
 代打に送られることのない選手は、結果が何もないので二軍に落とされずに済むが、“出世”もない。

 代打に出して最悪だと思うのは、「手を出さないやつ」、だと古田氏は言う。その次にダメなのは「何でも手を出すやつ」。完全なボールでも、球を見極めずに振りにいくのは積極的にも映るが、だめなのだそうだ。
 臆病でもダメ、張り切りすぎてもダメ。打つべき球が来た時に、振りにいけるかどうか、なのだ。

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 野田氏は、野村克也監督の選手時代からのファンだそうである。打者のプライベート情報(女の話とか)を仕入れておき、今まさに投手が投げようとする寸前、マスク越しに「ぼそぼそ……」と話しかけて集中力を奪う“作戦”に、子ども心に惹かれたというのだ。
 古田氏と会う時にも、野村氏の話を訊きたがるのだとか。

 野田氏が「監督」(演出家)として感じること。最近の若手男性俳優は“女っぽい”という。練習で演技指導をしているときに、どんな演技をするか待っているのに、演技をする前に「こんなことをしてもいいですか?」などと承諾を求める人が少なくないのだとか。
 一方、女性俳優のほうは、チャキチャキッと気風のいい人が多いという(松たか子のように)。むしろ、女性陣のほうに“男っぽさ”を感じるそうだ。

 その野田氏は長崎生まれで、4歳で東京に出てきて、代々木に住んだという。
 東京オリンピック時は8歳で、あのアベベが優勝したマラソンは小学校の授業を中断して、甲州街道沿いで声援を送ったそうだ。(ちなみに、うちの娘と同じ小学校である)

 また、当時オリンピック選手村だった代々木公園一帯の出入り口にも出向き、「誰だか選手はわからないけど、サインをしてもらった」という。
 代々木公園の原宿側入口近くにはオランダ選手が宿舎として使用した平屋が一つ今も残されているし、わが家から程近いオリンピック記念青少年センターも、今ではきれいな建物に建て替えられているがこちらも選手村だったらしい。(ぼくが大学時代、その建物で合同演奏会の合宿を行ったことがある)

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「ヤクルトスワローズ」から「東京ヤクルトスワローズ」に変更してはどうか、と進言したのは、古田監督だったという。
 大リーグやサッカーのJリーグと同じように、プロ野球も地域密着が求められる、と強く感じたからだそうだ。

「東京には(かつての全国区の)巨人がおるけど、あっちは下町やろ。こっち(神宮)は青山や。こっちこそバリバリの東京やろ」――みたいな主旨を球団社長に話したところ、最初は取り合ってくれなかったが、最後には受け入れてくれたのだという。

 その話を聞いたこの対談の進行役・八塩圭子さん(テレビにもよく出演する)は、「それを関西弁で言っていただきたくない、って気もしますが……」とすかさずツッコミを入れて、場内の爆笑を誘った。
 進行役として出演者に迎合するだけではなく、ポイントを押さえつつ、流れを切らず、時に軽い毒を含んだユーモアも言える。八塩さんは、有能なインタビュアーだな、という気がする。

 文化芸術発信拠点としての東京を世界にアピールし、またオリンピック招致の機運盛り上げの狙いも強い催し物であったが、1時間30分の対談は十分楽しめるものであった。

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 開場前に時間があったので、池袋西口の東武デパートで「鹿児島物産展」をぶらりとした。
 薩摩揚げ、漬物、金柑、焼酎など、試食品をつまみ食い歩き。友人と二人だったので、あーだこーだ言いながら、お店の人の解説も聞きながら、厚かましくいただいた。
 昨年の全国酒類コンクールの焼酎部門で1位となった「加那」は、口当たりがまろやかで絶品であった。

 終演後は、会場近くのイギリスパブで、サーモンのカルパッチョやムール貝などを肴にベルギービール(アルコール度数、友人は8%、ぼくは9%のもの)で軽く夕食。客はそんなに多くはなかったが、一人客の英国人男性を何人も見かけた。
 外国人だと、一人で飲んでいても様になっているなあと思えてしまう。日本人では、なかなかこうはいかない。なぜなんだろう?
                    (谷川彬良)

2009年2月22日 (日)

早大野球部、09年予想オーダー

 ありがたいことに、早大野球部の練習の様子をたまに知らせて下さる方がいらっしゃる。お近くに住んでいらっしゃるのだ。
「選手の様子はどう?」と訊くと、「みんな元気です」。ぼくが具体的な選手名を挙げると、何人かは「未確認」とのことであるが、まあ、大体の選手は元気に練習しているらしい。
 キャンプ前のこの時期、実力アップは一大目標であろうが、もう一つ、怪我をしないことも大目標にしてもらいたい。

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 さて、そんな友人の情報を取り込みつつ、ぼくの期待も織り込みつつ、09年早大野球部の先発オーダーを考えてみた。
 キャンプもオープン戦もこれからなのに、無謀なことは承知の上。新一年生は、含んでいない。

1 M君
2 G君
3 H君
4 H君
5 U君
6 Y君
7 Y君
8 S君
9 S君

 お叱りを受けそうである。名前も、守備位置も書いていない。「どれが誰だかわからん」。
 まあ、ここは想像力を働かせていただいて、実名で埋めていただきたい。(間違えやすいのは、1の「M君」かもしれないと思っている)

 ただし、このメンバーは、開幕戦となる対東大1回戦の先発を想定したもの。微妙な言い方になるが、これがベストオーダーかどうかはわからない、と思っている。

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 野球とは、関係ない話。
 NHKの大河ドラマ「天地人」をご覧になっていますか? 昨年の「篤姫」の余韻を引きずっていたので、ぼくは今年は観るのをやめようかと思っていた。(主人公が男でもあるし。 笑)

 しかし、家人が気に入って観ているので、こちらもチラチラと観る羽目に。
 もともと歴史モノは不案内の上、主人公・直江兼続については益々わからない。

 では、何に注目して、今年一年観ていくか。それをさっき決めた。主人公を演じる妻夫木聡の“顔つき”や“存在感”がどう変化していくかである。
 今年に入ってからだったか、「篤姫」を演じた宮崎あおいがTBSラジオの朝番組に出演していて、「12歳から49歳までを演じるのだから、逆算して、最初は子どもっぽく演技する必要があると思った」と語っていたのが印象に残っている。
 だから最初のうちは、不自然なくらい幼く見えた。

 妻夫木聡は現代人の最たる顔といってもいいくらいで、共演者と比べて“浮いて”いる気がする。一人だけ、現代ドラマから引っ張ってきて、かつらをかぶせただけのように見えるのだ。
 その妻夫木が年末(実際には撮影終了時)までに、時代劇にどのように溶け込み、どんな変化を見せていくのか、これは興味深い。

 ちなみに、本日(2月22日放送分)は、見開いた目にふっと涙を浮かべる演技を見せた。なかなかやるではないか。(笑)
 ドラマの進行とは直接関係のない興味の持ち方であるが、こんな観方も面白いのではないかと思う。
                        (谷川彬良)

2009年2月18日 (水)

学生野球の指導者、どうあるべきなのか

 このところ週刊誌にある大学野球部指導者の報道が続いているが、その事例について意見をしようというものではない。
 以前からぼくの懐にある私見を、いい機会だから書いてみようと思うわけである。

「学生野球」といっても、大学、高校、中学、少年野球など、各層に共通する。指導者の技術論云々ではなく、指導者としての心構えについて述べてみる。

●怪我をさせない

 指導者としての最重要点が、これだと思う。
 肉体的な特徴、持久力などは、選手一人一人によって違う。あるプログラムで過去に好選手を育成したことがあっても、それが万人に通用するものではないことを肝に銘じなくてはいけない。

 たとえば、投手にキャンプ中「1000球」を投げさせたいとしても、“ノルマ”にしてはならない。あくまでも「目標」にとどめるべきだろう。
 肩やひじなど、体のどこかに違和感があるならば練習を中止し、検査を受けさせる。選手側が「それでも投げたい」と言ったとしても、異状が感じられるのなら、叱ってまでも止めさせる勇気をもつべきではないか。

 また、他のスポーツへの転向や、スポーツを離れる道を選ぶことになったとしても、怪我はその人の可能性を狭めることになると知るべきである。

●功を焦るべからず

 プロ野球選手や好選手を輩出する指導者――となれば、地位も名誉も手にし、収入にもつながっていく。
 しかし、この意識が強すぎると、これもまた選手に無理を強いることになり、故障につながりかねない。

 思うように伸びてこなくても、指導者が変わることによって頭角を現してくる選手だっているだろう。自分を“最終指導者”だとは思わないほうがいい。
 次のステップまで、選手をお預かりしているという、一歩下がった意識、大局的見地があっていいのではあるまいか。怪我をさせてしまったら、元も子もない。

「あの指導者に預けたら、怪我をさせられる」の悪評でも立とうものなら、長期的な戦力補強だけでなく、学校のイメージダウンという痛手も被ることになる。

●選手を公平、平等に扱う

 チームには必ず中心選手がいる。戦力的な中心選手、ムードづくりの中心選手、人気のある選手……。
 いずれに対しても、指導者は公平に、平等に接しなくてはいけない。そうでなければ、チームの和にひびが入りかねない。

「公平」「平等」とは、力のない選手を試合に出すこと、ではもちろんない。それをやってしまったら、別の意味でチームはまとまりを欠くことになる。
 あくまでも、特別扱いはならぬ、ということだ。

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 読み返してみると、どうにもうまくまとまっていないが、ご容赦いただきたい。
 もっと書きたいことがあった気がするのだが、思いついたらいずれ加筆するかもしれません。(別記事として)
                          (谷川彬良)

2009年2月13日 (金)

ご冥福を心よりお祈りいたします

 午後、外出から戻ってきたら、一通のメールが届いていた。開けてみると訃報。亡くなられたのは、早大野球部OBのSeiji-Y氏である。
 誤報であればと思いつつも急ぎ返信し、情報の出所を尋ねると、信頼のおけるサイト主さんのブログであった。ならば、誤報ということはない。

 Seiji-Yさんにお会いしたことは、ぼくは一度もない。
 しかし、2008年12月2日の当ブログ記事「『架空実況』の『夢』、いつまで続く?」にコメントを書き込んでくださっている。
 ここで、ご紹介する。

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 早稲田大学創立100周年の代の新人監督をしていました。もう時効になりますから申し上げますが、私達の代の春季リーグ戦の配球のサインは私が出していて2位でした。秋季リーグ戦は、主将が出していて優勝しました。興味深いエピソードでしょう。
投稿: Seiji-Y | 2008年12月 4日 (木) 19時11分

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 冗談めかしてご自分をピエロにしているが、しかしその裏には、早大野球部を愛し、誇りに思う心情がにじみ出ていらっしゃる。

 彼のご友人からは「昨秋の早慶戦では、周囲の方を笑わせる明るい野次を連発していた」などと、たびたび楽しい話をメールで教えていただいていた。
 そのご友人は、Seiji-Y氏のことを「人格者であり、明るく、強く、お茶目な方です」と評されていた。誰からも愛される性格の持ち主でいらっしゃったのだろう。

 そんな彼に「苦難」(ここでは触れませんが)の連続が待ち受けていようとは、思いもよらなかったに違いない。
 それでも生まれついての性格のまま、明るく前向きに生きていこうとする彼の熱情を知るに至り、彼のブログにコメントを残したことがある。
 ほんの2行か3行だったと思うが、ぼくは「応援しています」と書いた。

 どんなに気に入ったサイトでも、コメントを書き込むことはしないできた。どうにも苦手なのである。
 そのぼくが唯一コメントを残す気になったのが、Seiji-Yさんのブログだった。面識がない者さえも衝き動かす何かを、彼は持っていたのだと思うしかない。

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 ご友人によれば、Seiji-Yさんは、コメントを書き込んだこともあり、ぼくのことを「一度お会いしたい」と言ってくださっていたそうだ。
 なんとも嬉しいことである。

 また、彼は吉田拓郎の大ファンでいらっしゃる。ぼくは2006年9月の「吉田拓郎&かぐや姫inつま恋」を現地で観てからの、遅まきながら拓郎ファンである。
 もしもお会いできていたなら、拓郎話で盛り上がることもできたかもしれないなあと思う。年齢も近い。

 Seiji-Yさん。
 そんなに早く逝かれることはなかったでしょうに。
 早大野球部の活躍や、母校(彦根東)のセンバツでの雄姿をご覧になりたかったことでしょう。空の上から、見守ってあげてください。

 拓郎話で盛り上がるのも、「初めまして」の挨拶も、天国になってしまうとは思いませんでした。
 ご友人がたくさんいらっしゃるSeiji-Yさんのこと。あまり時間はないかもしれませんが、いつの日か吉田拓郎の歌をぼくと一緒に歌う時間をつくって下さい。
 それまでひとまず、さようなら。
 心よりご冥福をお祈りいたします。
                        (谷川彬良)

 

斎藤佑樹、「半歩」への大きな期待

 先週の話であるから、もう旧聞である。斎藤佑樹(早大二年)が、今年初のブルペン入りで60球を投げ込んだという。
 注目すべきは、投球時の足の踏み出し幅が、昨年の6歩半→7歩へと「半歩」広くなったこと。11月から始めたウエイトトレーニングの成果だということだ。

 報道にもあったように、歩幅が広がると体重が乗って球が“重く”なるのに加えて、打者に近い位置でリリースすることになるため、球速以上に速く感じさせることができる。
 もしも筋力アップで実際の球速も増すならば、効果は絶大だ。

 懸念材料があるとすれば、余計なところに筋肉がついて、これまでのスムーズなフォームのバランスが崩れないか、という点。
 ニュース映像で見る限り、流れるようなフォームであったし、捕手も「ボールが重かった」と感じたようだから、心配なさそうだ。

 もう一つは、リリースポイントが低くなることの“罪”だ。米国あたりの投手(上手投げ)にはあえてステップを広げずに、「角度」を生かした投球を目指す考え方もある。
 打者の近くでリリースするよりも、角度のある球のほうが打ちにくいのではないか、というわけだ。

 斎藤佑の場合、長身ではないから、元来「角度」で勝負するタイプではない。しかし、微妙に下がる球の軌道が、打者からの“見易さ”につながらなければいいなあ、とは思う。
 仮にそれがマイナスに作用するとしても、「半歩」打者に近づくことのほうが、はるかにプラスに働くと考える。

 肉体改造は「怪我をしない体」や「瞬発力アップ」にも、役立つのではないだろうか。
 大黒柱がシーズンを通して存分に働けることは、優勝への最大のポイントとなる。
 また瞬発力が増すようなら、昨春、太ももに受けて負傷退場した投手ライナーも、今年はグラブでつかみ捕ってくれるのではあるまいか。捕球後、涼しい顔で「フッフッフ……」とニヒルな笑いを見せてもらいたいものだ。(笑)

 シーズン終了後、この「半歩」が「大きな一歩」だったと言われることを期待する。完成域にある投手の「半歩」は半端な進歩じゃないはずである。
                      (谷川彬良)

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2009年2月11日 (水)

斎藤佑樹は「11」だそうで

 早大のエース斎藤佑樹の背番号が、今年から「11」になることが内定したとの報道があった。
 一年生時は「16」、二年生時は「1」ときて、大学に入って三番目の背番号。「11」を2年間つけることになるのだろう。(来年、主将にならない限り。 笑)

 11番は、ご存知のように早大伝統の右エースナンバーである。斎藤の背中には、やはりこの番号こそ相応しいと、いうことなのか。

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 年初1月2日の当ブログ記事のコメント欄に、「斎藤君は背番号1のまま」という予想、および希望のご意見をたくさんの方にいただいた。
 斎藤自身も「1が好き」と語っていたこともあり、ぼくもすっかり「斎藤は1のまま」のつもりでいた。

「11番内定」について、斎藤は「1でいきたい気持ちもある」と語ったとスポニチの記事にある。
 しかし、本人の意向よりも、周囲の勧め、思惑が強かったということなのだろう。それが伝統というものなのかもしれない。
 早大のエースナンバー「11」のラインナップに、斎藤佑樹の名前がないとしたら、それはそれで寂しい気もする。
 しかし、そういう諸々のものをすべてうっちゃっても、斎藤には「1」で新たな道を切り拓いてほしかった想いも、残るのである。

 だが、背番号が何番であろうと、「斎藤佑樹」は「斎藤佑樹」。早大史上最高の「11番」になることを目指せばいいだろう。

 ところで、斎藤が11番をつけることで空く「1」は誰がつけるのか? 内野手に戻ることなれば、主砲のあの男がつけることになるのではないか。
 番号自体はぐっと軽くなるが、斎藤の後ということで少し重く感じるかな?
                         (谷川彬良)

2009年2月 9日 (月)

鬼のリーダー長、最後の挨拶

 東京六大学秋季リーグは、夏の暑さを引きずりつつ始まる。そして優勝争いが熱さを増すのとは逆行するように、季節は神宮のグラウンドに寒風さえ吹かせる。
 季節の移ろいを強く感じさせる8週間だ。

 最後のシーズンを優勝で飾りたい――その想いは、野球部の選手だけではない。彼らを応援する応援団(部)の面々も、その想いはとても強いものがある。
 野球部と応援団。練習の場、厳しさの種類、目指すもの……それらはずいぶんと違って見える。それぞれの部の中でも、人によって同じではないだろう。それでも、自分に打ち克とうとか、苦手を克服しようという気持ちはおそらく共通している。
 目に見えるものとしては、「優勝」がある。優勝はいつだって彼らにとって無上の喜びであるが、最後のシーズンで成し遂げられれば四年生にとって最高に幸せなことである。

 秋のリーグも押し詰まってくると、試合前の練習でこんな光景を目にすることがある。四年生のリーダーが、グラウンドの遠いところにいる野球部の四年生に向けて「○○○○ーっ!」と名前を何度も呼ぶ。
 気づいた選手が、スタンドのリーダーに「ありがとう」というように軽く手を挙げる。4年間、共に“勝利”(さまざまな意味の)を目指してきた者同士に通じ合う、熱く、優しさの漂う瞬間だ。

 以下は、友人に聞いた話。ある応援団のリーダー長にまつわる小さなエピソードが、神宮球場に残されていた。

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 今から30年くらい前のことになる。ある大学が4シーズンぶりの優勝に向けて、まずまずの戦いを繰り広げていた。
 応援団のSリーダー長。下級生の頃に優勝を経験しているが、上級生になってからはない。最後のシーズン、何が何でも優勝して、野球部の選手たちとリーダー台で肩を組んで、喜びを分かち合いたいと思っていた。(当時は最終戦後に、野球部の選手が応援席にやってきたのだ)

 順調に勝ち進み、上位につけた。勝ち点を一つ失ったものの、最終カードを迎えた時点で勝ち点3。勝ち点を獲って4とすれば、優勝決定戦の可能性を残すことができる。
 久しぶりの優勝の目に、それまでも厳しい練習で鳴らしたSリーダー長は、“鬼”になっていた。

 大学キャンパスでの毎日の練習も、神宮球場の練習&本番も、竹刀を片手に眼光鋭く団員たちを睨むように見据え、一瞬の気の緩みさえ許さないピリピリした空気が支配した。
 敗戦後には、「お前たちーっ、今日の応援はなんだーっ!」と声を荒げた。勝った試合でも、「今日の応援はなんだーっ!」。
 勝っても負けても、同じ言葉を吐く。気が緩むのを嫌ってのことだ。そして、お決まりの球場周回ランニングや拳立て(握り拳での腕立て伏せ)が待っていた。

 秋のリーグ戦は、夏合宿を越えて応援団員のテクニックも上がり、まとまりもよく、春よりも力強い応援風景になる。
 その大学の応援団もそこそこ目指す応援ができつつあった。しかし、団長がスタンドの下の方から満足そうにリーダー部員たちを見上げていても、その横のSリーダー長は苦虫をつぶしたような顔で睨みを利かせ続けた。

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 さて、優勝決定戦への可能性を残す重要な最終カードは、1勝1敗。第3戦を勝てば、希望を残すことができる。
 試合は一進一退。1点負けていた終盤、何とか同点に追いつき、9回裏の相手校の攻撃を0点に抑えれば延長戦という状況だった。

 応援団員も、詰め掛けた学生たちも、これまでにない盛り上がりを見せた。一体感のある応援がグラウンドを包み込み、母校の選手たちを鼓舞し続けた。
 リーダー部の四年生たちは幹部としての冷静さを保ちつつも、顔を赤くして興奮のほどが見て取れる。Sリーダー長も同様だった。

 ところが――。ピンチを抑えられず、サヨナラ負け。最後のヒットは、カクテル光線で緑の鮮やかさが増した外野の芝生に落ちた。
 優勝の可能性が消えた。選手も、学生も、団員も、そして応援団の幹部も、押し黙ったままだった。
 最終戦を負けた、というだけではない。優勝がなくなったのだ。暗がりの中での校歌を歌い終わり、学生も応援団員も肩を落としてスタンドから立ち去った。
 グラウンドの寒風よりも、さらに冷たい風がそこには流れていた。

 ――――――――――――――――――――

 試合後、応援団は必ず「集合」を行う。神宮球場のアーケード下。団員全員が並び、その前で幹部が挨拶をする。
 下級生たちは、縮み上がる想いで挨拶を待った。あの“鬼のリーダー長”が何を言うのか。勝った試合でも罵る男である。敗戦、それも優勝の可能性の消えた痛い終戦の後、これまでとはレベルの違う罵りが待っているのだろう。
 まあ、今日が最後の挨拶だ。どんな言葉も受けてやろう――下級生たちは、そう覚悟を決めていた。

「Sリーダー長、挨拶」。呼び出されて、Sが整列の前に進み出た。
 挨拶をする者から、下級生は視線を逸らしてはいけない決まりがある。Sリーダー長の顔は、興奮からか、悔しさからか、こんなに赤くなるのかと思うほど赤くなっていた。
 そして、挨拶が始まった。

「負けたーっ! こんなに悔しい敗戦はないっ!」
 集合は、挨拶する者に対する返事以外、話をすることは許されないから、いつも静かである。
 しかし、今日の静かさは、いつも以上だった。「無音」「静寂」にも、レベルがある。敗戦の沈痛と、怒りの挨拶。最後の集合は、最悪の雰囲気といえた。

 さあ、どんな罵りの言葉が飛んでくるのか。下級生たちは、直立不動で身構えた。

「お前らーっ! 今日の応援はなんのつもりだーっ!!」
 いつもと同じ台詞が飛び出した。やはり、怒っている。だが、その次の台詞は、誰もが耳慣れないものだった。

「……あんなにいい応援しやがって……」
 耳を疑った。なんだ?、俺たちをほめているのか? そんな馬鹿な……。下級生たちは驚いて、リーダー長の顔を見ていた。挨拶は続く。
「野球部は最高の試合をした―! お前たちも……最高の応援をした―! 負けたが、みんな、よくやった―! ありがとう!」

 暗がりの中、表情ははっきりは見えないが、Sリーダー長の目に光るものが浮かんでいた。
 この日、お決まりの球場周回ランニング、拳立てを命じられた者は、一人もいなかったという。
                       (谷川彬良)

 

2009年2月 3日 (火)

東京六大学野球、各校「今年の顔」は誰?

 東京六大学野球連盟HPの各ページ上部に、六大学各校から1名、都合6選手の写真が「顔」として使われている。
「顔」であるから、各チームの主将であってもいいのだが、必ずしもそうではない。というよりも、主将でない場合が多い。

 08年度の場合(現HPもこの顔ぶれ)、写真左から、明大・小道(だと思う)、法大・小松、東大・鈴木、立大・仁平、早大・松本啓、慶大・相澤。主将だったのは、相澤一人。学年も、四年生3人、三年生2人、二年生1人とバラけている。

 この顔ぶれをどうやって決めるのか。連盟が勝手に選出するのではなく、「各大学野球部から今年の活躍が期待される選手(注目選手)を推薦してもらい、各大学の常任理事の話し合いにより決定」するのである。
 各大学の期待値トップの選手が選ばれるとは限らないだろう。HPとしての見映えもあるだろうから、全員投手や全員打者ではいじりたくなるに違いない。だからバランスも考慮して、最後は話し合いで決めるのだと思われる。

 さて、09年度の「顔」は誰になるだろうか。まったくの私見ながら、考えてみる。

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●東大
 秋季リーグで2勝した鈴木(投手)が本命と見るが、2年連続で「顔」として採用されるかが問題。
 打者ならば、秋に東大で打率トップだった岩崎か、岩間、高橋あたりか。

●立大
 本命を投手の増田健と見る。秋の防御率1.75はリーグ5位。仁平と二本柱を形成すれば、手強いチームになる。
 打者では、末藤、五十嵐、田中。期待料込みで、大林もありか。

●法大
 投手ならば、加賀美が本命。あるいは最速投手の武内、二神か。
 打者ならば、石川、和泉、佐々木。期待の内野手、長谷川も可能性がありそう。

●明大
 投手なら、防御率0.00男の野村が来るだろう。
 打者なら、荒木郁と見る。

●慶大
 投手なら、中林が来そう。2年前の加藤のような活躍ができるなら、優勝もある。
 打者なら、春の首位打者・小野寺。秋もチームトップの打率を残した。

●早大
 投手なら、いよいよ斎藤佑がくるのだろうか。それとも、ラストイヤーまで残しておくのだろうか。
 どうも、来年にとっておくような気がするので(笑)、投手だったら大石か松下ではないか。
 打者なら、宇高か原。主将の山川の目もあるかもしれないが……。

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 ちなみに、07年度の顔は、早大・田中幸、慶大・加藤……残りの4大学は誰だったろうか? 失念してしまった。(覚えていらっしゃる方、教えてくだされば幸甚に存じます)

 昨年は、確か3月初旬に連盟HPのデザインが一新されたと思う。
 今年もそれまであと少し。春を待つ晩酌の肴に、各校の「顔予想」を加えてみては?
 ちなみに、ぼくの予想を書いてみる。
 東大―高橋、立大―増田、法大―加賀美、明大―荒木郁、慶大―中林、早大―大石。どうしても、投手が多くなってしまう。
 さて、どうなるだろうか。
                          (谷川彬良)

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