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2009年1月

2009年1月31日 (土)

東京六大学野球、戦力ダウンを見る

 JR代々木駅から総武線各駅停車に乗り、千葉方面へ向かう。神宮球場のある千駄ヶ谷&信濃町駅、東京ドームのある水道橋駅。外濠の風景も情緒があり、好きな路線である。
 電車内ではいつも文庫本を読むのだが、この日(1月30日)は忘れてきてしまった。千駄ヶ谷を過ぎたあたりで、東京六大学野球の戦力をふと考えてみたのだが、早大のドラフト3人組が抜ける穴はやはりとてつもなく大きいのではないか、と心配になった。

 夜、帰宅してから、ざっとであるが“戦力ダウン”について調べてみた。何もマイナス方向を探らなくたって……の声も聞こえてきそうだが、現有戦力の底上げ具合や、新加入選手の実力がわからない今の時期はしかたがない。ご容赦願う。
 それに各校戦力の底辺を知っておいた上で、プラスの戦力を積み重ねていくほうが妙味があるとしたものだ。

 ――――――――――――――――――――

●打者編

 08年秋季リーグで、規定打席に達した選手のうち、四年生が何人だったかを調べた。

    規定打席到達  うち四年生
早大    6人       4人
慶大    5人       0人
明大    5人       4人
法大    6人       0人
立大    5人       0人
東大    5人       1人

 慶大、法大、立大に、四年生が1人もいないのに驚いた。慶大・今福、法大・伊藤、立大・二場ら、本来なら規定打席に到達していてよい選手が含まれてはいないものの、この3校の戦力ダウンは最小限に抑えられていると考えてよさそうだ。
 東大もわずか1人(大坪)である。

 反対に、早大、明大は、かなりの“地盤沈下”といえる。
 明大は佐藤、池田、小林雄、佐々木が抜ける。5人中の4人であるから、ダウン度は早大の上を行く。
 だが、ここは例年、“不沈艦隊”のイメージが強く、上が枯れればすぐに土中から伸びてくる芽がある。戦力の厚味は、六大学随一といっていいからだ。

 早大は、上本、細山田、松本啓、泉が抜ける。昨年は田中幸、本田、小野塚といった重鎮が抜けて、得点力が落ちたように感じたが、今年はそれ以上のダウンを味わうことになりはしないか、と気がかりだ。
 ただし、こちらの土中にも、いずれ大株になりそうな芽がいくつもある。控え選手も含めた厚味こそ明大に譲るかもしれないが、ポジションを獲る選手の実力は六大学随一ではないか、と贔屓目(笑)に見ている。

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●投手編

 各校とも基本的に、「エース」が残る。早大・斎藤佑、慶大・中林、明大・野村、法大・加賀美、立大・仁平、東大・鈴木だ。
 慶大の相澤、法大の小松も“エース級”であったことは間違いないが、実質は中林、加賀美にその座を譲っていたと思う。早大もエースナンバー(11・須田)が抜けてしまうが、14イニングしか投げられなかった不本意なシーズンであったから、大きな穴が開いたとは言えまい。

 そういう観点からすると、2年前の早大(宮本、大谷)や、昨年の慶大(加藤)、明大(久米、古川、水田)が抜けたときのような、極端な戦力ダウンはないと見てよさそうだ。

 野球の基本は、投手力を含めたディフェンスであることを考えると、今年もまた昨年と同様、きわどい勝負が続くのかもしれない。

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 打者と投手、両方を見て、戦力ダウンが小さいのは、立大、東大、法大の下位チーム。なにやら“戦国”を予感させる。
 上位では、慶大。投手の片肺であった相澤が抜けるとはいえ、規定打席到達打者5人が全員残る。

 早大、明大のダウン度が目立つけれども、先に書いたように戦力は厚いと見る。
「四年生が活躍するチームは強い」とはよく言われること。08年春秋で優勝を争ったのもこの2校であったことを考えれば、ますますその意を強くする。

 ――と、ここまで書いてみて、はたと気がついた。早大、明大とも、規定打席到達者に三年生はいないのだ。(早大・小島宏、明大・小道がわずかに打席数が足りなかった)
 活躍する四年生が何人出てくるのか。レギュラーを確保できないにしても、少なくともその座を脅かす存在であることが優勝争いの鍵になるのではなかろうか。

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 電車に乗って行った先は、両国の江戸東京博物館(国技館のすぐ隣)。篤姫が乗った籠を見てみたかったのだ。(「~江戸と乗り物~珠玉の輿」展。~2月1日まで)

 篤姫のものを含め、いくつもの女乗物、男乗物が置かれている。内部は狭く感じるが、中に座ればおそらくは絶妙の“包まれ感”があるのだろうと思わせる。
 内部には、壁画というか、襖絵というか、絵が描かれている。長い道中、安らぎを与えてくれるのだろう。
 もっとも、飛行機内でも映画を観る現代人には、動かぬ絵など耐えられまい。読書か、居眠りをしているほうがはるかにましかもしれない。

 博物館を出てからは、駅前に何軒か並んでいるちゃんこ屋で、友人とちゃんこを食べた。
 夕食にはまだ早い時間(5時頃)だったが、美味で、量もそこそこ。酒も少しいただいて、大いに満足であった。
                        (谷川彬良)

2009年1月25日 (日)

もう一つの優勝パレード

 1月24日土曜日の正午。西武新宿線上井草駅前を、一つのパレードがスタートした。
 主役は、早稲田大学ラグビー部。2年連続大学日本一を達成したことに対する、地元祝賀実行委員会主催のお祝いイベントだ。

 駅前からグラウンドまで、歩く距離は300mほどだろうか。地元の子どもたちのチア、鼓笛隊を先頭に、ラグビー部の中竹監督、豊田主将ら選手たちが続く。
 車道と歩道の境はなく、ファンは選手たちと一緒に歩き、祝福の声をかけ、握手もできる。商店街の上階や屋上からは、色とりどりの紙ふぶきが撒かれる。
 この日は気温が低く、パレード開始前後には、小雪が紙ふぶきのように舞った。空も、祝福に加わりたかったのだろうか。

 ほどなく到着した練習グラウンドでは、祝勝会と交歓会。選手(10名くらい?)がグラウンドに散り、サインや写真撮影に応じていた。

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 上井草を訪れるのは、ぼくは初めてのことである。ラグビー部の選手を間近に見ることと同時に楽しみにしていたのは、昨年12月に行われた早大野球部の東伏見パレードと雰囲気がどんな風に違うかだった。

 いわゆる“パレードらしい”のは、野球部のほうだろう。応援部の校旗が立ち、吹奏楽部、チアが選手の前を行く。
 しかし、ガードレールで仕切られた車道と歩道。車道を歩く選手たちに、ファンは歩道から声援を送る。選手とファンの接触は、原則許されない。グラウンド到着後のセレモニーも、選手とファンの距離は保たれたままで、それ以上に縮まることはなかった。

 早大の誇る2大運動部である野球部、ラグビー部。過去の戦績はどちらも見事なものであるが、“ファンとの距離”に関しては正反対といってもいい状況にある。
 ラグビー部が行ったサイン会、撮影会といったイベントを、野球部が行う気配はない。ファンの殺到による混乱や危険が心配されるのかもしれないが、それ以前に部の側に行う意思がないようにも感じ取れる。

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 上井草でのイベントに参加してみて一番感じ入ったのは、選手たちの真面目さ、礼儀正しさ、人懐っこさ、といった人間性の素晴らしさであった。
 大学日本一、準優勝のチームには、2月の日本選手権への出場権が与えられている。この日も練習があるのに、その前の時間に優勝パレード&祝勝会、それだけでなく午前中には杉並区役所で優勝報告会も行った。
 加えて、大学は今、試験期間である。

 文武両道に一分一秒が貴重な時であるのに、彼らは笑みを絶やさずにファンの求めに応じていた。
 ファンの列は平等ではなく、長い列の選手もいれば、時に誰もいなくなって手持ち無沙汰になってしまう選手もいる。しかし、誰もいなくなってしまった選手もグラウンドを去ろうとすることなく、次のファンが来ればまた笑顔で応じるのだ。

 ラグビー部の選手には、詫びなくてはならないかもしれない。試合で見せる激しい闘志、ケンカかと見まがう荒々しいプレー。
 鬼のように見える瞬間もあるその表情。巨人のように大きな体の選手もいる。荒くれ者、近寄りがたい――ファンの中には、そんなイメージで固定されている人もいるかもしれない。
 ぼくもそんな一人だったかもしれないのだ。

 だが、この優勝パレードとイベントに参加してみて、彼らに対する印象はがらりと変わった。
 あの荒々しく見えるプレーも、真面目さゆえだとわかる。時に本当にラフプレーになってしまうこともあるようだけれども、「勝利」に対して真摯であればあるほど、肉弾戦のラグビーの場合はああいうプレーになるのだろう。
 もしも「勝っても負けてもいい」というような“不真面目”な考えであったならば、わざわざ自分が怪我をしかねない荒々しいプレーをすることはあるまい。
 そして、彼らが心優しい青年だと知っていればこそ、試合での必死、いや決死のタックルが感動を呼び、ファンを惹きつけるのだろう。

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 考えてみれば、「試合」は彼らに与えられた時間の中のほんの“瞬間”にすぎない。その一片の時間の印象で、その人を丸ごと決めつけることにいかに間違いが多いか。
 長く生きていても、まだまだ人生には教えられることがたくさんある。ぼくにとって、そんな自戒の念を与えてくれた一日だったと思っている。

 会話をすることはなかったが、何人かの選手に間近で接した。ファンの質問に、ユーモアたっぷりに答える選手。おどけた様子でカメラに収まる選手。来季への意気込みを輝く目で語る選手……。
 柔らかい表情の中にも、礼儀正しさがきちんと見える。「紳士のスポーツ」たるラグビー。彼らがその世界にいることに、違和感はまったくなかった。
                       (谷川彬良)

2009年1月23日 (金)

第81回選抜高校野球大会、出場32校決定

 今日(1月23日)、第81回選抜高校野球大会に出場する32校が決定。事前に「有力」と言われていた顔ぶれが並んだ。

http://www2.asahi.com/koshien/index.html

 東京大会準優勝の早実も選出。選抜大会では初めてとなる慶応(神奈川)との同時出場が決まった。

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 早実の出場をめぐっては、高野連会長に就任したばかりの奥島孝康氏の“威光”もあるのでは、と囁く向きもあるらしい。あるいは、“就任祝い”とも。
 なるほど、奥島氏は前早大総長である。そればかりか、早稲田実業の理事長でもあったのだ。うがった見かたが出てもしかたがない経歴の持ち主であることは、確かである。

 しかし、奥島氏の存在は、早実の選出にまったく影響はなかったはずだ。昨秋の東京大会で、早実は決勝こそ国士舘に僅差で敗れたものの、それまでは「強い」と感じさせる戦いぶりを見せていた。
 準決勝では、12-0の5回コールド勝ち。今回の選考には関係ないが、旧チームでの夏の西東京大会でも準優勝。投手の両輪・小野田、鈴木(新二年生)がそのまま残る、安定したチーム力をもっている。まさに実力で甲子園を勝ち取ったのである。
 対戦相手にもよるが、選抜でもベスト8以上の力があるのではなかろうか。

 早実の甲子園出場は、“あの夏”以来となる。その時よりも、注目度は高いに違いない。慶応との「早慶戦」実現の期待もある。
 斎藤佑樹を擁して快進撃を見せた前回出場は、試合をこなすごとにチームが力強さを増していった感がある。注目される中で、早実がそういった戦いができるだろうか。

 技術、体力はもちろんだが、精神力が強く求められる。あの時のチームは、平たく言えば“やんちゃ”な選手が多かった気がするからだ。
 相手に負けない図太さを、ぜひ見せつけてもらいたい。

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 それにしても、こんなに楽しみな選抜大会は久しぶりだ。早実、慶応だけでなく、メールを送っていただいた方が応援していらっしゃる天理、西条といったあたりの戦いぶりも気になるし、期待している。
 どの学校も、ベストコンディションで試合に臨んでもらいたいものだ。

 ところで、応援校の出場が決まって、早くも祝杯を挙げた方もいらっしゃるでしょうか。
 ぼくは、これからです。昨夜も前祝いをしたのですが。(笑) 
 では乾杯。
                        (谷川彬良)

2009年1月19日 (月)

神宮球場、本塁打はどのくらい減った?

 2008年、神宮球場は改修工事が行われ、電光掲示板のリニューアルや人工芝の張り替え、そして両翼がこれまでの91mから101mに拡張された。
 広くなったのだから、本塁打は減る、としたものである。昨年の六大学リーグ戦では、それまでよりどのくらい減ったのか、ざっと調べてみた。(参考のために、二塁打、三塁打、打率も)

 シーズン前のぼくの予想は、
・本塁打は当然減る
・三塁打と二塁打は増える
・ヒットゾーンが広くなり、打率が上がる(外野の守備位置が若干深くなり、前へのヒットが増える)
 ――というものだった。

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東京六大学野球リーグ戦 6校年間集計(春+秋)

                       二塁打 三塁打 本塁打
06年 4543打数 1132安打 .249   171    41      49
07年 4578打数 1106安打 .242   183     35      56
08年 4794打数 1095安打 .228   161     34      30

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●本塁打
 前2年の平均52.5本よりも43%少ない30本。思った以上の減り方だった。これまで、フェンスぎりぎりのホームランがいかに多かったか、ということだろう。
 08年は、「昨年の神宮だったら入っていたのに……」という大飛球をいくつか見た。上本(早大)のレフトへの当たりや、早法2回戦であわやサヨナラかという和泉(法大)のライトへの当たり……。後者は、入っていれば早大が連敗で勝ち点を落としていた場面であった。

●二塁打&三塁打
 増えると予想したが、減少してしまった。レフト、ライトへの打球がフェンス際まで転がれば、当然増えると思っていたのだが……。
 張り替えた人工芝は毛足が長くなって、打球の勢いを消し、ライン際の打球がフェンスに達する前に野手が処理するケースが多かったのかもしれない。
 また、拡張はほとんど関係ない左中間、右中間を抜く当たりも、新芝の影響でそれほど転がらなかったか?

●打率
 これまた、予想に反して下がった。前2年、2割4分台だったものが、2割2分台である。

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 長打(本塁打、三塁打、二塁打)の減少は、前2年よりも打数が増えた上でのことであるから、より際立つ。
 ただし、本塁打が減った理由は両翼の拡張だけではなく、田中幸(早)、佐藤翔(慶)、大澤(法)、行田(明)、五藤(立)といった長距離打者が、ごっそり抜けたことも関係がありそうだ。

 また、両翼拡張が、投手心理に微妙な変化を与えたとも考えられる。
 ホームランの危険が減ったことで、内角を強気に攻めやすくなり、その心理的優位が「打低投高」の演出に一役買ったような気もするのである。(この辺のことは、投球を分析したわけではなく、推測でしかないが)

 もっとも、“拡張元年”を見ただけでは、結論は早すぎる。2年目を迎える今年、どのような結果が残るかによって、傾向が明らかになると考えるべきだろう。

 それにしても、本塁打が4割以上も減ったとなると、高橋由伸(慶)のもつ通算本塁打記録「23本」を抜くのは、至難かもしれない。
 出でよ、長距離打者!

 ぼくが期待する原(早大)は、現在7本。2010年秋季リーグの早慶戦で「24号」を打たなくてはならない(笑)ことを考えると、拡張前の一年時にもっと打っておきたかったところか。
                     (谷川彬良)

神宮の奇跡

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2009年1月16日 (金)

「アイドルは来なかった」

(1月17日:文末に追記あり)

 応援団が最も応援しやすいスポーツは「野球」(やソフトボール)である。攻撃側と守備側がはっきり分かれていて、サッカーやラグビー、バスケットボールなどのように、一瞬にして攻守が入れ替わることがない。
 だからというわけでもないだろうけれど、応援団が年間を通じて一番応援するスポーツは「野球」である。だからどの大学でも基本的に、野球部と応援団は仲が良いとしたものである。

 野球部員なら「野球が上手」という大雑把な共通項があるけれども、応援団員にはそれがない。
 上級生の応援団員は色黒で、そこそこ筋肉質体型であり、しかも強面。一見運動部系であるが、入学当初はそうではない者が多く見受けられる。

 人の前に立つのが好き、ひょうきんな目立ちたがり屋、声がやたらと大きい……といった見るからに「陽性」の人種がいるかと思えば――。
 高校時代を日陰で過ごしてしまったから、大学こそは打ち込める何かを探そう、といった闘志だけは内に秘めてはいるものの、まったく表には出てこない、ヒョロリとした“モヤシ”君とかもいる。

 あるいは、高校まで野球をやっていたものの、才能を見限ったとか怪我をしたとかで、大学では野球部に入部せず、応援団に入る輩もいる。
 彼らにとって、グラウンドでプレーする野球部員は、自分の夢を体現する“主役”である。応援団員はいつも派手で陽気なパフォーマンスを見せるけれども、「応援」が役目である以上、主役にはなれない運命にある。

 しかし、そんな応援団員でも、「主役」になれる日がある。その日の一つのエピソードを、友人からの聞き語りで綴ってみる。

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 「アイドルは来なかった」~ある応援団の物語~

 今から30年ほど前の晩秋の夜。都内の大きなホールで、ある大学の応援団が主催する「応援団祭」が行われていた。
 応援団のリーダー部、吹奏楽部、バトン部。それぞれが舞台で演舞を、演奏を、踊りを繰り広げ、その一つ一つに観客が拍手を送るという催しだ。
 この日に限っては、応援する対象はない。スポットライトを浴びるのは、まさに応援団の彼らである。

 客席には団員の家族、友人がいて、普段は応援してもらっている側の野球部らの運動部員も来てくれる。
 しかし、チケットをそれ以上に売るには、出演者が「応援団」だけでは弱い。そこで毎年、若手の女性歌手をゲストに呼んで(言葉は悪いが“エサ”にし)、応援団に興味のない一般学生にも来てもらう作戦を用いるのだ。

 幸運なことに、この年は新進売れっ子歌手のMさんがゲスト。こんなことは初めてのことだった。
 まだ売れる前の段階で出演交渉をしたから、少ないギャラで出演を引き受けてくれたのだが、その後一気にブレイク。まさに「旬」のゲストだったのである。

 例年苦労する団員割り当てのチケットさばきも、この年に限っては極めて順調。
「歌手のMがゲストなんだけどさ、観に来ないか?」
「え? 本当かよ。行く行く」
 というホクホクの状況だったのだ。

 しかし――。本番の日、楽屋では応援団幹部(四年生)が頭を抱えていた。
 理由は、「Mさんがまだ来ていない」からだった。あるテレビ局の別の仕事があることは把握しているのだが、Mさんの出番はもう終わっている時間のはずで、こちらの楽屋に入ってきていなくてはならなかったのである。

「応援団祭」の一部は吹奏楽部とバトン部ののマーチング演奏、二部はリーダー部による校歌、応援歌の披露。そして三部がMさんの歌謡ショーのプログラム。
 その三部開始まで、30分を切ってしまっている。

 電話が鳴った。Mさんの事務所からだ。
「申し訳ないが、出演をキャンセルしたい」
 その声は冷たく響いた。

 事務所側の説明によると、「Mは芸能人大運動会の収録中で、最終種目のリレーのメンバーとして、どうしても走ってほしいと言われた」というのである。

 それが現実だった。片や全国放送。片や応援団主催の観客1000人程度のちっぽけな仕事。
 キャンセル料を払ったって、全国放送の最後に映るほうがどれだけ宣伝効果があるか――。

 応援団の8人の四年生は、腹をくくった。
「おれたち幹部全員で、謝るしかない」

 三部が始まる時間になった。客席は、今か今かとMさんの登場を待って、ざわついている。
 舞台の袖で、8人の幹部は沈痛な面持ちだった。腹をくくったとはいえ、それでもMさんが突然飛び込んでくるのではないかと、最後の最後まで淡い期待を抱いていたが……どうやら、そんな気配はなかった。

 四年生が舞台に歩を進める。なんだ、なんだ? 客席はいぶかしげな表情になる。
 8人は丁寧に客席に向かって礼をし、そして団長が口を開いた。

「三部の開始の時間になりました。お待ちかねのところ、真に申し訳ありませんが……Mさんはお仕事の都合で、こちらへは来られなくなったそうであります。本当に申し訳ございません」

 団長に続いて、残りの幹部も頭を深々と下げた。ずっと、ずっと下げ続けた。そうするより他に、やれることはなかったのだ。
 客席は静まり返った。突然のことに、反応のしようがない。異様なその静けさが、舞台の幹部にはまた辛かった。いっそのこと、罵声を浴びせてくれないものか……。

 この「応援団祭」は、四年生にとって最後の公式行事である。自分たちの舞台を見てもらって、拍手をもらって、最後にMさんに場を盛り上げてもらって、めでたくシャンシャン――のはずだったのに謝罪で終わりとは。
 そもそも「Mがゲストだからさ」とチケットを売った時点で、主役は「Mさん」ではないか。結局、最後までおれたちは“主役”にはなれなかった。
 家族や友達はともかく、「Mさん」を目当てにチケットを買った一般学生はひどく怒っているだろう。頭を下げながら、8人は舞台に何かが投げ込まれてもしかたがないと観念していた。

 長い静けさの後、舞台に投げられたものがあった。

「謝ることなんかないぞー」
「悪いのはお前たちじゃない」
「いいよいいよ、頭を上げてくれよ」
「今日は、お前たちを観に来たんだー」
 …………。

 客席から舞台に向けて、次々と言葉が投げられた。それを聞いた8人は、なおも頭を下げながら、熱いものがこみ上げてきてしかたがなかったという。

 Mさんの出演キャンセルにより、チケット料金は払い戻すことも告げた。
 しかし、何日たっても、払い戻しを申し出る人はただの一人も現れなかったという。
                           (谷川彬良)  

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(1月17日:追記)
 この記事を読まれた方から、本のご紹介をいただきました。
『東京大学応援部物語』(最相葉月著・新潮文庫)です。数年前の刊行なので、お読みになった方もたくさんいらっしゃると思いますが、興味のある方はぜひどうぞ。ぼくも昨日購入し、読み進めております。

東京大学応援部物語 (新潮文庫)

東京大学応援部物語

 メールを下さった方は、著者・最相葉月さんのお知り合いでいらっしゃいます。ご紹介、ありがとうございました。 (谷川)

2009年1月14日 (水)

早大野球部と桑田真澄氏、いつか接点は?

 1月24日に早大大学院を受験する桑田真澄氏(元パイレーツ)。合格発表は、28日である。
 合格すれば、1年間、早稲田に通うことになる。

 だったら野球部に入部して、斎藤佑樹とエースの座を争ってほしいものだが(笑)、大学側によれば「院生が入部できる運動部もあるが、野球部はダメ」。まあ、そりゃそうだろう。
 それでもプロであれほどの活躍をした選手であるから、さて野球部との接点があったら有意義であろうと思うわけだが、プロアマ協定があってそれはかなわないらしい。
 しかし、そもそもプロアマ協定以前に、どうやら“障害”が存在するという。23年前、高校三年の桑田氏が早大進学を打ち出していながら、急転直下、巨人入りしたことに、早大野球部OBの多くは不快感を今も抱いているというのだ。

 桑田氏が早大に進学していたとしたら、昭和60年。その前の2年間、早大のリーグ戦順位は、5、4、3、4。
 早大関係者に、「あの桑田が入ってきたら、強くなるぞ」の期待が大きかったことは想像に難くない。

 しかし、ドラフトで巨人に1位指名を受けた桑田氏は、巨人入り。期待を裏切られただけでなく、入学(入部)した際の受け入れ態勢を整えるために実際に大学・野球部側は動いていたであろうから、二重に面白くなかったろうと思うのだ。

 桑田氏にフラれた早大野球部のそこからの4年間の順位は、2、4、4、5、5、3、3、3。東大のすぐ上のシーズンが2季連続とは……。
 さらに、その後のシーズンは3、3。都合、7年間、14シーズン連続で優勝なし、の暗黒時代を送ることになってしまった。

 タラレバの話になるけれども、桑田氏が入学していたら、結果は大きく違ったかもしれない。
 一人の選手の入部によって、チームが水を得た魚のように勢いをもって変貌することは、つい最近も好例があったばかりだ。

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 1年間学んで大学院を卒業したら、桑田氏はプロの指導者への道を進むことになるのだろう。
 しかし、その前にワンクッションおいて解説者といった隙間時間ができるようだったら、早大野球部を臨時コーチとしてでも指導してもらう光景は見られないものだろうか。

 スポーツ報知に、ボーイズリーグの指導者研修会での桑田氏の講演記事がある。「(とくに一塁への)ヘッドスライディング禁止」「野次の禁止」「失敗していい――と指導者が選手に伝えること」。
 この講演だけでなく、桑田氏の発言には、いちいち指導者としての適性を見る思いがする。成功だけでなく、失敗や怪我の経験。野球だけでなく、生き方にも真摯な姿勢……。
  同じ言葉でも、しゃべる人間によって響き方は確実に違う。

 野球部OBの長年のわだかまりもわかるけれども、もし、指導者としての力量を桑田氏に見ているのだとしたら、タイミングさえ合ったら早大野球部との接点を持たせてやっていただきたい。
 桑田氏は「母校」の野球部のために、小さくないものをもたらすに違いない。野球部の選手一人一人にとっても、素晴らしい体験になるであろう。

 23年前、早大を蹴った男は、「人生の中で唯一、果たしていない夢」として「早大進学」を挙げた。
 プロ選手として功成り、財を成し、そのままでも指導者としてやっていける勲章を持った男が、もう一度、早大の門を叩いている。その事実だけで、“許して”やってもいいのではないか。

 野球部と桑田氏の交流は、小さくない化学反応を示すことだろう。
 大きな視野に立って“野球人”を育ててもらいたいものだ。

 ここまで書いてしまっていて何ですが、桑田氏はまだ合格したわけではない。24日の試験にがんばってもらって、ぜひ小さい頃からの「夢」を実現してもらいたい。
                        (谷川彬良)

(追記) 桑田氏が指導するとすれば、「投球」が中心になるのであろうが、できれば「打撃」もお願いしたい。とくに、「投手としての打撃に対する心構え」みたいなものを。
 甲子園で清原に次ぐ歴代2位の6本塁打を放った桑田氏が、甲子園2本塁打の斎藤佑樹にどんなアドバイスを送るか。ラストゲームの早慶戦で、代打満塁逆転サヨナラホームランを打つ秘策を授けてほしいものである。(笑) 

2009年1月11日 (日)

新成人・斎藤佑樹「去華就実」

 すでにご存知とは思いますが(笑)、12日の成人の日を前に、早大・斎藤佑樹が地元の群馬での成人式に、スーツ姿で出席した。
 新成人としての誓いは「去華就実」。その意味は、「外面的な華やかさを捨て、実に就け(実際に役立つ人間になれ)」。
 母校・早実の校是であり、もちろん校歌の一番の歌詞にも織り込まれている言葉だ。

 斎藤は、「今、自分に足りないものは何かと考えた。今の世の中にも必要な言葉では」と記者会見で語っている。
 影響力のある斎藤の言葉が、新成人だけでなく、多くの人の胸に刻まれてほしいものだ。(ぼくの胸には、人様の何倍も深く刻まねばならないと思っている。 笑)

 東京では、夜7時前のNHK関東ローカルニュースでまず報道された。
 そして、7時になると、全国ニュースのイントロで、唯一の新成人として斎藤佑が出てきた。
 たくさんの有名人がいる中、いわば“新成人の顔”に指名された形である。(っていうか、本当の成人の日は明日だし……。 笑)

 なお、「去華就実」が誓いとされたことは、早実関係者にとって嬉しい出来事だったに違いない。
                   (谷川彬良)

2009年1月 9日 (金)

「WASEDAかるた」(2008年版)

 それでは「WASEDAかるた」の第二弾、2008年バージョンです。(といっても、こちらが先の作品です)
 こちらは、高校一年生のお嬢さんとお母様の合作。第一弾と同様、ウィットとユーモアに富み、何よりも野球部のことをよく知らなければつくれないお見事な内容です。

 ――――――――――――――――――――

 「WASEDAかるた」(2008年バージョン)

[あ]安部寮に行きたい、入りたい、住み着きたい
[い]イケメンパラダイス。私にとっての早稲田ベンチはパラダイス
[う]上本新主将で目指せ!四連覇!
[え]エンジ色、紺碧の空にはためく校旗
[お]應武の涙に思わずもらい泣き

[か]完封で締めくくった秋リーグ、今年も一点も与えない!
[き]今日もまた始発で行きます「外苑前」(早慶戦は並ぶので・・・)
[く]苦しみながらつかんだ佑勝!!
[け]慶應の校歌まで歌えるようになっちゃった。
[こ]コンバットマーチ、歌詞に合わせて「それ、ホームラン!」

[さ]「斎藤佑樹」入り口はここからでした
[し]「死球でも一応帽子はとりますが、よけられない球を打てないと思う」(by佑ちゃん)
[す]須田君よ、エースは君に任せたよっ!
[せ]宣誓は上本新主将に任せたよっ!
[そ]早慶戦、絵画館前で日の出見る

[た]互いに肩を組み、知らない人でも紺碧フレンズ
[ち]提灯は、優勝試合終了後、絵画館前にて貰えます
[つ]ツーシーム、三振とって佑勝だ!!
[て]敵陣の「若き血」聞くたびにじわじわ迫る負けの焦り
[と]闘志あふれて理想の王座をつかもうぜ!

[な]何度でも歌いたい歌「紺碧の空」
[に]にこにこと笑顔の女房とクールな王子のバッテリー
[ぬ]ぬけめない走・攻・守でV4だ!
[ね]念願の5連覇、頼むぞ、新メンバー
[の]のんびりと正月は実家群馬で過ごします

[は]走り込み、下半身強化はこれで決まり
[ひ]一人でも神宮応援行っちゃいます
[ふ]不敗神話終わり?そんなの関係ねぇ!ずっと私は大好きだからっ
[へ]「へたこいた~」反省は今晩安部寮で。
[ほ]♪ホームラン!ホームラン!そーれそーれ慶應たおせーオーッ♪

[ま]負けてもすぐに修正します。学習能力高いです
[み]みんな、みんな集まれ~。優勝スピーチが始まるよ~!
[む]夢中でプレー、夢中で応援、燃える神宮の森
[め]メンバーが暮らす安部寮に一泊で良いから泊めさせて
[も]もしも、早稲田に入学したら、もちろんチアに入ります!

[や]野球部入部、叶わぬ夢です、女子にとっては
[ゆ]優勝は何度やっても気持ちいい、見てる私達も気持ちいい♪
[よ]よく来たね。土生クン、歩己クン、市丸クン、渡辺クン、大野クン。期待してるよ、甲子園の星たち

[ら]ライバルの慶應だって良き友だ
[り]陸の王者には負けられぬ
[る]ルーキーも大活躍で新人戦V
[れ]連覇記録"4"を今年塗り替えろ!
[ろ]六大学、目指すは頂点、覇者WASEDA

[わ]我が早稲田野球部は、一生勝ち続けます

 ――――――――――――――――――――

 う~ん、素晴らしい! 作成されたお二人と、ご紹介していただいた読者の方に、改めて感謝いたします。
                     (谷川彬良)

                     

2009年1月 8日 (木)

「WASEDAかるた」(2009年版)

 読者の方から、お便りをいただきました。
 あるSNSに公開されたご友人作成の「WSEDAかるた(2009年バージョン)」の出来栄えが素晴らしく、ぼくに紹介して下さったのです。

 こちらのブログでご紹介するご承諾もいただいているとのことですので、皆様もご堪能ください。
 なお、作者は高校一年生(女性)。斎藤佑樹選手から早大のファンになり、今は松本啓二朗君のファンでもいらっしゃるそうです。
 また、貴女のお母様は、斎藤君に加えて細山田武史君のファンでいらっしゃるとのこと。神奈川県にお住まいなので、松本・細山田両選手がベイスターズに指名されたドラフト会議の日は、手を取り合って喜ばれたそうです。
 素敵なかるたを、ありがとうございました。

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「WASEDAかるた」(2009年バージョン)

[あ]秋の笑顔をもう一度!
[い]一球の重みを知った08年
[う]打たせない今日もキレイに三振の山
[え]エース11番は誰の背中に
[お]大石くん、今年も抑えてね!

[か]監督の必死の抗議に思わず應武コール
[き]球速をいつかは160にしたいらしい
[く]9時開門、それまで早スポ読んで待つ
[け]ケイスポも実はwaseda満載です
[こ]甲子園優勝経験キャッチャー2人もいます

[さ]サングラスWASEDAユニに似合うよねぇ
[し]ジャンパー姿も特に好き
[す]スクイズと聞いただけで"悔しいです"
[せ]背番号も板につきました
[そ]早実のVメンバーも大活躍

[た]谷間世代? いやいや全員野球で連覇を目指せ!
[ち]チケットは素早く切って!猛ダッシュ
[つ]次の日のスポーツ紙が楽しみになるリーグ中
[て]電光掲示板06夏甲子園が蘇る
[と]胴上げはもう慣れた感の佑ちゃんです

[な]「泣きたい時ないですか?」佑ちゃんも色々あるんだろうな
[に]にこにこの期待の左腕大野君
[ぬ]抜かりなく!観戦前夜の応援グッズ。充電もね
[ね]ネクストで待つ姿に魅せられる
[の]ノックではレーザービームに釘付けです

[は]ハンカチは卒業まで使いません
[ひ]ピンチそこから粘る早稲田だょ
[ふ]"プロ一本"その意気込みを待ってたょ
[へ]ベストナイン、全員早稲田、あると思います
[ほ]ホームスチールをぜひもう一度!

[ま]マイクのスイッチ入ってる?
[み]観に行くというより会いに行く、球場へ
[む]無気力です、早慶戦後の平日は
[め]メジャーも注目"ハンカチーフプリンス"
[も]「もっと簡単に優勝報告会ができると思います…」言うよね~噛んじゃうところがまたかわいい

[や]山川新主将で連覇だ
[ゆ]優勝が当然!と思っていた自分に気付いた08年春
[よ]四番、原!勝利のアーチを呼び込んで!

[ら]ラストイヤー。メイジに雪辱晴らせ松下くん!
[り]リーチの長いダル二世、楠田くん!
[る]ルーキーズ捕手コンビに期待大
[れ]零点の斎藤-大石リレー
[ろ]ロースコアでも最強投手陣で「かっちかちやぞ」

[わ]早稲田~早稲田~覇者覇者WASEDA

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「WASEDAかるた」には、お母様と合作の2008年バージョンもあります。
 そちらは後日のご紹介とさせてください。
                     (谷川彬良)

2009年1月 7日 (水)

09年早大野球部、始動

 09年1月7日、早大野球部が始動した。午前中に、グラウンド近くの東伏見稲荷神社に参拝した後、午後から初練習を行ったそうである。(ぼくは訪れていない)

 報道で目にするのは、ほとんどが斎藤佑樹であった。年末年始もトレーニングを欠かさなかったとあって、きりりと引き締まった表情だったのが印象的。
 上級生となり、表情にもゆとりが感じられる。またちょっとイイ男になった、と女性ファンは思ったのではなかろうか。(笑)

 リーグ戦開幕まではまだ3か月あるとはいえ、球春近し、を感じさせる練習始めである。

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 早大野球部が、グラウンドのある東伏見で必勝祈願したこの日。ぼくは明治神宮に参拝した。
 東京六大学野球が繰り広げられる神宮球場は、正しくは「明治神宮野球場」。明治神宮までは直線で1キロほどの位置にある。

 本来なら、初詣は正月3日までにするのが正しいのであろうが、明治神宮は参拝客が日本一であり、三が日はとくに混雑する。
 そこを避け、でも松の内には初詣を済ませたい気持ちもあり、今日の参拝となった。

 参道はそれほど人影も多くなく、本殿前のプール状の巨大な賽銭箱は、小さなものに替わっていた。
「必勝御守」を授けていただいた。それを手のひらに包み、本殿で祈願した。皆様のご健康、選手・関係者の無事、そして早大スポーツの必勝、早実野球部の甲子園出場――。

 今年一年、この「必勝御守」を試合のたびに携えて、見守るつもりである。
 もしも、これから明治神宮に行かれる方がいらっしゃったら、同じ御守りを授けていただいてはいかがだろうか。
 しかし、今日、明治神宮を参拝したとはいえ、「必勝祈願」としてはまだ半分。一月中に、もう一つ別の神社にお参りして、ぼくの中では“完結”となる。
                        (谷川彬良)

2009年1月 5日 (月)

早大野球部09年、スタート間近

(左の素晴らしい富士山の写真は、友人の撮影によるものです)

 09年がスタートした。7日に初練習を迎える山川主将率いる早大野球部は、果たしてどんな戦いぶりを見せてくれるのだろうか。
 投手陣から抜けるのは須田ひとりなのに対し、野手陣からは上本、細山田、松本啓、泉の4人(春秋、いずれも規定打席数に到達)が抜ける。鍵を握るのは、野手陣といっていいかもしれない。

 08年春季リーグ。早大のチーム打率は .260。
 四年生のレギュラー野手、細山田、松本啓、上本、泉(打率の良い順)の4人の平均打率は、チーム平均を下回る .222。
 早大は、優勝を逃した。

 08年秋季リーグ。早大のチーム打率は .252。
 同じ顔ぶれの四年生のレギュラー野手4人の平均打率は、チーム平均を上回る .280。
 早大は、優勝を果たした。

 この4人が抜けた穴を、誰が引き継いで埋めるのか。
 新一年生のことは考えないとして、捕手は白川か市丸。二塁手(遊撃手)は松永、後藤、松本歩、渡邊あたりの争いか。
 外野は3つとも横一線か。山川、小島、山田敏、土生、川西の争いと見る。

 ちなみに、08年春秋リーグの早大チーム打率は .255。
 対して、前述の四年生4人の08年春秋合計打率も .255。
 偶然とはいえ、まったく同じだった。

 打撃のことばかり書いたけれど、4人が抜ける穴は「守備」のほうが大きいのかもしれない。
 上本、細山田、松本啓は、プロからも認められた守備を誇ったのだし、泉にしても、とくに秋は神がかり的な好守備が何度もあった。
 また、上本、松本啓の「走力」の存在も大きかった。

 打撃、守備、走塁。それぞれに抜けた力を見せられればレギュラーの座は近いが、打撃の人、守備の人、と分かれるようだと併用となり、監督の采配が勝負を大きく左右するようになる。
 やはり、上本、松本啓のように、三拍子揃った選手が育つことこそ、「常勝ワセダ」への近道である。

 ――――――――――――――――――――

 野球とは関係ない話になります。

  年が明けてから、渋谷の東急百貨店(東横店)で開かれている山下清展(~7日まで)に行ってきた。
 町田市に住んでいた子どもの頃、デパートでやはり山下清展が開かれ、小さなハガキ大の絵を買って、ご本人にサインをしていただいたことがある。
 その時の絵が見られるかと思ったのだが、残念ながら展示されていなかった。

 山下清の絵、とくに貼り絵や点描画を見ていると、じつに根気の要る作業であることがよくわかる。
 絵の出来映え云々の前に、その一生懸命さに胸を打たれる。

 絵はもちろん素晴らしいのだけれど、何作品かに一つ語られている彼の感想、寸評がぼくには面白かった。
 花火の貼り絵の横には、「みんな爆弾なんてつくらないで、花火をつくっていればよかったのに」といった内容のコメントがつけられていた。そうだ、まったくその通りである。

 作品数や資料もまずまず。放浪中のエピソードも面白く、興味のある方は十分楽しめると思う。
 入場料600円。6日(火)は~21時、最終日7日(水)は~17時。(入場は、いずれもその30分前まで)
                 (谷川彬良)

2009年1月 2日 (金)

明けましておめでとうございます

 2009年が明けました。
 皆様、新年おめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

 ――――――――――――――――――――

 早大野球部、早実野球部とも、今年もまた活躍してくれそうである。
 早大は春・秋とリーグVを果たして、3連覇とすることができるか。
 早実は、まずは春の選抜への出場がなるのかどうか。そして夏の甲子園に、“あの夏”以来の出場を果たすことができるか。大きな期待をかけてよい戦力であると思う。

 その他で気になっているのは、早大のエースナンバー「11」のユニフォームを誰が着るかだ。
 あの投手が「1」のままなのだと仮定すれば、これまでの実績から新四年生のあの投手か、新三年生のあの投手なのであろう。
 この3人のうちの誰かになるとは思うが、発表を楽しみに待ちたい。

 ――――――――――――――――――――

 まだ日にちは決まっていないが、一月中に友人と勝利祈願に行きたいと考えている。
 早大&早実の優勝・勝利はもちろんなのだけれども、それよりも前に、六大学の選手や高校球児がけがをしないように、病気をしないように祈りたい。
 すべての選手がベストコンディションであってこそ、白熱の好試合が期待でき、「優勝」を真の勝者と認めることができようというものだ。

 けがをしない体づくりや、コンディションづくりのための日々の節制も“実力のうち”と言ってしまえばそれまでだが、細心の注意を払っていても、防げないことだって世の中にはある。

 また、ファンであるわれわれも、けがや体調には注意をしたいものである。
 貧血で倒れて前歯を失くし、顔面に傷を負った男の記憶が新しいが(笑)、一歩間違えば観戦どころではなかったのだ。応援・観戦する側(球場に行く、行かないは関係なく)だってコンディションづくりは大切である。
 また現在、病と闘っている方もいらっしゃると思うが、一日も早く快方に向かっていただくことを祈るばかりである。

 この一年を選手・関係者も、われわれファンも、元気に、無事に過ごしていけるよう、そして早大&早実の優勝・勝利を、ある神社で祈願してくるつもりである。
                         (谷川彬良) 

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