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2008年11月

2008年11月30日 (日)

東京六大学野球、エース度No.1投手は?

 エースの基準の一つに、「投球回数」が挙げられる(と思う)。チームで最もイニング数を投げた投手は、監督に一番信頼された証と言っていいからだ。

 東京六大学08年秋季リーグ戦では、早大・斎藤佑、慶大・中林、明大・岩田、法大・加賀美、立大・戸村、東大・鈴木、ということになる。

 この6人で「エース度」を比べてみる。秋季リーグのチーム総イニング数のうち、何%を投げたのか。
 単純に、この数値が高いほど「エース度が高い」としてみる。

●エース度(各校の第1位)
 鈴木(東大)   73.0%
 中林(慶大)   50.1%
 斎藤佑(早大) 48.5%
 加賀美(法大) 47.9%
 戸村(立大)   34.9%
 岩田(明大)   33.3%

 鈴木は東大の試合のほぼ4分の3を投げた。「エース度」はNo.1となる。
 中林は半分、斎藤佑、加賀美もほぼ半分を投げた。押しも押されぬ投の「柱」、投の「顔」である。
 中林は、打球を腕に受けるアクシデントがなければ、もっと数値が高かったかもしれない。

 ――――――――――――――――――――

 もっとも、これは指標の一つに過ぎない。たとえば、規定投球回数に達した投手を見渡すと、「エース度」が高い投手よりも防御率の良い投手がいる。
 慶大・相澤、立大・増田、明大・野村の3人がそれに該当する。野村にいたっては、0.00である。
 ちなみに、この3人のエース度は、相澤42.4%、増田24.6%、野村31.2%である。

「投球回数」「防御率(規定投球回以上で)」、どちらもチーム一となると、斎藤佑、加賀美、鈴木(防御率の良い順)の3人だけとなる。

 ただし、扱いのむずかしい投手がいる。抑え限定で使われた大石(早大)だ。
 彼は投球回数16イニングだから、規定投球回数(早大は28イニング)に届かず、エース度も11.9%に過ぎない。「抑え限定」で使われると、投球回数はどうしたって少なくなる。

 しかし、防御率は0.00。16イニングで奪三振34、被安打4。“大魔神”として、勝利に大きく貢献した。投球イニング数だけでは、彼を正しく評価していることにはなるまい。
 大石のような使われ方をしている投手は、六大学では他にいない。

 参考までに書くと、大石は総球数は236。1イニング平均は14.75球で、斎藤佑(14.06球)より少し多い。

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「エース度」などという勝手な言葉を使って、一種の数字遊びのようなことをしてみたけれど、「エース度が高い=真のエース」であるかどうかは、人によって考えが違うかもしれない。
 真のエースは誰か――いろいろなデータ、さまざまな角度から見て、考えてみるのも楽しいと思う。

 ちなみに、ぼくが考える六大学の真のエースは、○藤○樹である。(伏字の意味なし。 笑)
                    (谷川彬良)

2008年11月29日 (土)

斎藤佑樹は投げすぎなのか?

 東京六大学野球08秋季リーグで、これまでの自己記録を3つ更新するシーズン7勝を挙げた早大の斎藤佑樹。
「投げすぎじゃないのか」と心配になるけれども、実際はどうなのだろう。鈴木(東大)、加賀美(法大)と比べてみる。

 ――――――――――――――――――――

●投球イニング
 鈴木   83回1/3(登板12試合)
 加賀美 67回1/3(登板9試合)
 斎藤   65回      (登板9試合)

●総投球数
 鈴木   1346球
 加賀美 1049球
 斎藤      914球

●1イニング平均球数
 鈴木   16.15球
 加賀美 15.58球
 斎藤   14.06球

●1試合最多投球数
 鈴木   188球(法大1回戦延長12回引き分け)
 加賀美 215球(早大4回戦延長13回2/3敗戦)
 斎藤   142球(法大3回戦9回完投勝利)

 まあ、ざっとこんな感じである。
 鈴木のイニング数、総投球数は“別格”なので、投球回数が近い斎藤と加賀美を比較すると、斎藤の投球数が少ないことに気づく。
 加賀美が2回1/3多く投げている分を差し引いても、このリーグ戦で1試合完投分(約100球)少なくて済んでいる。

 また、秋季の斎藤を見ていて気づくのは、力の入れ具合のON・OFFがはっきりしていた点。
 ピンチの場面では力を入れ、無走者や下位打線の時には何割も力をセーブする。そんな感じに見えた。

 そのあたりの投球術は“老かい”とも言えるほどで、投球回、投球数ほど、肩や腕に疲労はいっていないのではないか、という気がする。
 應武監督もエースの使いすぎには気を遣っているようだから、ぼくはそんなに心配していない。
                     (谷川彬良)

2008年11月26日 (水)

神宮球場ネット裏、ある風景

 08東京六大学野球秋季リーグの終盤、10月27日。グラウンドでは、立明3回戦が行われていた。
 ネット裏に、ぽつんと一人で座っている男がいる。試合中盤、彼のところに、女性(中年?)が二人やってきた。彼の隣に座り、あれやこれや話しかけている。
 やがて一人が男の隣に座り、もう一人がカメラを構えてツーショット写真を撮影。交代して、もう一人も同じように撮った。
 満足したかのように、二人の女性は男と握手をし、速足で観客席から消えていった。(その後、観客席に戻ったのか、そのまま球場を後にしたのかは知らない)

 ――――――――――――――――――――

 その男は、本来ならユニフォームを着て、今行われている試合のマウンドにいていい実力者である。
 しかし、ベンチを外された。怪我をしたのである。10月に入ってからは、一度もマウンドに上がっていない。そして、この日はリーグ最終戦である。

 今季の初登板で幸先よく白星を挙げたが、結局その1勝のみ。ライバルに、大きく水を開けられた。
 いや、それ以上に、チームに迷惑をかけた。エースの離脱で、勝ち点はわずか1つの5位。男は相当な責任を感じていて、めげていたと、ある人から聞いた。

 写真撮影や握手をお願いしたくらいだから、二人の女性は男のファンに違いない。ベンチを外され、観戦しなくてはならない理由も知っていたのではないか。だからこそ、男を励ましたかったのかもしれない。
 だが、今は試合の真っ只中。チームメイトが真剣にプレーをし、男はそれを見守っていた時なのである。

 それでも男は、女性に笑顔で応対していたように見えた。ただ、ネット裏の中ほどだから、おそらくベンチからも見える位置。
「あいつ、何やってんだ?」と上級生に見咎められなかったろうか、と心配にもなる。

 ――――――――――――――――――――

 選手はグラウンドには立っていなくても、「試合に“出場”しているつもりになる」と聞いたことがある。
 ベンチの中の選手だけではなく、観客席にいなくてはならない選手だって同じではないだろうか。

 ファンが話しかけてくれ、握手をしてくれ、写真を撮ってくれる。「こんなに応援してくれる人がいるんだな」と、きっと大きな励みになるだろう。
 しかし、それだって「時」と「場合」を考えることを忘れてはなるまい。

 読者の方から、選手と一緒に撮った写真をいただく機会が時々ある。選手の弾ける笑顔や、子どもを抱いたり、肩に手を置いて嬉しそうにしている写真を見ると、「あ、この選手は応援してもらっていることを、心の底から実感しているな」と感じる。
 それらの写真は、練習が終わってほっとした時などのものであり、もちろん試合中の観客席ではなく、練習中でもない。撮影禁止のエリアでもない。きちんとルールやマナーを守っていらっしゃる。

 できるだけ選手に近づき、話をし、体温を感じる(握手をする)。ファンとしての一つのあり方だろうと思う。
 でも、ある時には遠く離れ、あえて存在を知らせない、存在を感じさせないことも、ファンの一つのあり方ではないか。
 選手との“距離”は、応援する気持ちの大きさに、決して比例しない。遠く離れた場所に用意された特等席だってある。
                   (谷川彬良)

 

2008年11月23日 (日)

神宮外苑、そぞろ歩きにて思う

 つい先日まで熱戦を繰り広げていた神宮球場のある神宮外苑を、5日ぶりに訪れた。毎年恒例の「いちょう祭り」が開催されているのである(12月14日まで)。
 いちょうは思ったよりも色づいており、緑の葉を少し残す程度。見頃といっていいだろう。

 秩父宮ラグビー場では、早慶戦が行われた。優勝は苦しい両校だが、こちらの早慶戦も一度観たいと思っていたので、前日にチケットを購入した。
 ラグビー観戦は、大八木がいた頃の同志社と明治がぶつかった、大学選手権決勝(国立)以来、2度目のことである。
 秩父宮に入るのは、じつは初めて。芝生がとても美しい。今日の試合は34-17で、早稲田が勝った。東スタンドは日差しが強く、汗ばむほどであった。

 ――――――――――――――――――――

 神宮球場では、東京ヤクルトのファン感謝デーが行われていた。
 ある歌を思い出した。さだまさしの「絵画館」(神宮外苑にある)である。

♪授業を抜け出して 球場のアーケード
 ゆっくりすれ違う スワローズのユニフォーム♪

 青春の淡い恋を歌った切ないメロディ。さだまさしは、神宮球場すぐ隣の国学院高校に通っていた。
 今でも彼は、スワローズのファンだそうである。

 外苑からは少し距離がある明治神宮も散策した。11月23日。勤労感謝の日。大安。
 本当なら今日は、母の喜寿祝をすることになっていたのだが、先日、ぼくが貧血事故を起こしたことを母、兄、姉が気遣ってくれ、「延期」になったのだ。ぼくは「大丈夫だよ」と主張したのだが……歯が3本ない息子(弟)を見るのは忍びなかったのかもしれない。(笑)

 明治神宮では、何組かの婚礼が行われていた。新しい人生のスタートが好天に恵まれ、喜ばしいことだ。
 雨が降れば降ったで“地固まる”わけだけれど、もちろん今日のような青空に優るものはない。

 さだまさしには「関白宣言」「親父の一番長い日」といった結婚にまつわる歌がある。
「関白宣言」は一見コミックソングに思えるが、終わりのほうにこんな件がある。(大ヒット曲だから、よくご存知だろうけれど)

♪子供が育って年をとったら 俺より先に死んではいけない
 例えばわずか一日でもいい 俺より早く逝ってはいけない
 何もいらない 俺の手を握り 涙のしずく ふたつ以上こぼせ
 お前のお陰で いい人生だったと 俺が言うから 必ず言うから♪

 赤い糸で結ばれている夫婦にも、必ず別れは来る。最後に一言、夫が妻に「お前のお陰でいい人生だった」――言葉に多少の違いはあれ、世の男性陣は妻に感謝の意をいつかこんな風に伝えたいと考えているだろう。
 人生の最後の場面なら、普段言えない感謝の言葉も、素直に言えそうな気がする。

 ところが、だ。そんな美しい場面が必ず用意されているとは限らないことを、先日ぼくが起こした貧血ぶっ倒れ事故が教えてくれた。
 最近のニュースでよく聞かれるように、車道で意識を失っていたぼくをクルマが轢いたり、引きずったりしたら……。もしも前方ではなく、後ろに倒れて後頭部をしたたか打っていたら……。
 たちまち絶命していたか、命は取り留めても植物状態になって、一言も発することができなかったかもしれないのだ。

 ぼくはつい最近気づいたわけだけれど、世の男性は「妻への感謝の言葉」をいつ、どんな場面で言うのか、いろいろ考えているのかもしれない。
 それとも、常日頃から“小出し”にしているのだろうか。

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 ちなみに、「関白宣言」には、「関白失脚」という続編ソングがある。
これまたコミックソングであるが、最後にはホロリとさせる“さだ節”が冴える。

 関白宣言はしたものの、結婚したら、妻の尻に敷かれっぱなし。「俺より先に寝てもいいから 夕飯ぐらい残しておいて」「父さんみたいになっちゃ駄目よと お前こっそり子供に言うが」などと控えめに文句を言いつつ、自分がそのような扱いを受けてもしかたがないのかな、と自認する弱気な男だ。

 それでも、
「家族になれて よかったと俺思ってるんだ」
「君たちの笑顔守る為に 仕事という名の戦場へ行く」
「人は私を哀れだと言うけれど 俺には俺の幸せがある」
「君たちの幸せの為なら 死んでもいいと誓ったんだ」
 と妻への、家族への愛を吐露する。そして、歌は次のように締めくくられている。

♪俺が死んだあと いつの日か 何かちょっと困った時にでも
 そっと思い出してくれたなら きっと俺はとても幸せだよ
 がんばれ がんばれ がんばれ みんな
 がんばれ がんばれ がんばれ みんな がんばれ♪

 家族への熱いエール。あの世にいるぼくが、困っている家族を見たら、ぼくも同じように「がんばれ、がんばれ」と声を掛けていると思う。

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 すっかり長くなってしまったけれど、最後にもう一言。

 このブログを読んでくださっている方の中には、近々、新しい人生をスタートさせる方もいらっしゃるかと思います。
 渋谷の森(明治神宮? 笑)より、末永いお幸せを祈念いたします。
                   (谷川彬良)

2008年11月22日 (土)

亜大4年生23人、退部者ゼロの4年間

 読者の方から、「谷川さんがお好きそうな話を一つ」とメールをいただいた。何かなと読んでみると、確かにぼくの大好きな類の話である。
 ぼくの性格を見透かされているような気がしてドキリとするが、こういう見透かされは嬉しいもの。改めて感謝申し上げる。

 ブログ報知で加藤弘士記者が11月15日に記事にしているので、ご存知の方も多いでしょうが、ここでも取り上げさせていただきます。

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 4年前の2004年12月、亜細亜大学野球部員が不祥事を起こした。
 野球部は対外試合6か月禁止の処分を受け、当然ながら翌年春の東都リーグ戦に出場できなくなった。

 進学先での思わぬ事態に、当時まだ高校生だった吉原尚宏(今年の主将)、岩本貴裕(広島カープ1位指名)、岩見優輝(左腕エース)らの気持ちはいかばかりだったか。
 しかし、彼らは初志貫徹し、亜細亜大学野球部に入部した。当初、新入部員は24人いた。

 その24人のうちの一人、佐藤秀樹が4月17日に急性心臓死で他界した。「名門再建」の夢を熱く語る男だったという。一年生は、早々に23人になった。
 リーグ戦に出場できず、練習だけに明け暮れる毎日。大学でひと旗揚げ、その上の球界を目指す者にとっては、歯軋りするばかりだったろう。

 その年の秋。2部リーグで戦った亜大は、引きに引かれた弓から放たれた矢のような存分の戦いを見せ、9勝2敗勝ち点4で優勝。1部最下位の中央大との入れ替え戦に臨んだ。
 先勝した亜大は2戦目の7回、岩本貴裕(当時一年)の2点タイムリーなどで逆転。6-5で勝って連勝とし、1部昇格を決めた。
 この試合、一年生の岩見も終盤投げている。

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 不祥事の中で入部した23人は、この秋のリーグにも全員揃っていた。
 いや、死去した佐藤秀樹のミットが必ずベンチ入りしていたというから、「24人」と言ってもいいか。開幕前の決起集会では、彼の席と食事が用意されていたそうだ。

 この秋のシーズン。最終週前までトップにいた亜大は、「勝ち点を挙げたほうが優勝」の東洋大との決戦に1勝2敗で敗れ、2年ぶりの優勝を逃した。
 生田監督は、4年間で7シーズンしか戦えなかった四年生を明治神宮大会に出して、もうちょっと長く野球をやらせたかったと語った。

 しかし、「一緒にやりたがってる佐藤君が、天国から力を貸してくれてるんじゃないか」と監督が表現するほど、打撃不振の秋のリーグは白星がついてきた。
 最後のシーズンに優勝できなかったとはいえ、そして1シーズン少なかったとはいえ、23人、いや、24人の4年間は傍から見るよりもはるかに充実していて、濃密な時間を過ごしたのではないだろうか。そんな気がしている。
 強い絆で結ばれた05年入学の部員たち。大学の運動部で、退部者が出ないことは極めて稀のはずである。

 ――――――――――――――――――――

 驚いたのは、加藤記者の記事につけられた、亜大野球部を応援するサイト主さんからのコメントだ。
 (死去した)佐藤秀樹君のご家族から、そのサイトに投稿があったというのだが、加藤記者がブログを書いた11月15日は、なんとその佐藤君の誕生日だったというのだ。
「ご家族にとって、加藤記者の記事は嬉しいプレゼントになった」とあり、このサイト主さんも涙があふれた……と。
 ちなみに、佐藤君のご両親は息子さんが亡くなった後も、今日までチームを励まし、神宮球場でも応援していたそうだ。

 もしも、加藤記者が、佐藤秀樹君の誕生日を知っていてこの日にブログを書いたのならば、なんと心の温かい方なのだろう。
                   (谷川彬良)

(#11月7日「Mさんからのメッセージ」に追記あり:11月22日)

2008年11月20日 (木)

東洋大・大野奨太の置き土産

(#11月7日「Mさんからのメッセージ」の文末に追記あり:11月20日)

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 08年明治神宮野球大会を制し、年間グランドスラム(東都リーグ春秋連覇、全日本大学選手権と合わせ)、全国大会3連覇を飾った東洋大学。
 その強さの一端を、主将・大野奨太に見た気がした。

 東北福祉大との決勝戦は、3-1と東洋大がリード。東洋大は9回表、一死1、2塁のピンチを迎えた。
 マウンドは、3回途中から投げ続ける鹿沼(二年)。ここで東洋大の高橋監督がマウンドへ向かった。ベンチには、エース上野(四年)が控えている。交代だろうと、多くの人が思ったのではないか。
 ところが、だ。捕手の大野は、監督に鹿沼の続投を訴えたという。

「上野でもよかったが、後々を考えると鹿沼のほうがいい」(大野の試合後のコメント)

 一発逆転という修羅場をくぐらせることで、下級生に自信をつけさせ、来年の投の柱にしようと、という考えだ。
 そして、鹿沼は続投。1点を失い1点差となったが、後続を絶って優勝投手になった。

 大野奨太は、何という男なのだろう。優勝がかかる試合の土壇場のピンチ。
 ここまで長い救援をこなして、ここでマウンドを降りても鹿沼は相当な自信をつけたはずだが、もう一段上の自信をつけさせようとしたのである。
 2点差があり、東洋大は裏攻めでもあり、「同点まではOK」の計算もあったろう。延長になれば、エースが控えている分、こっちが有利――と。

 それにしても、と思う。あとアウト2つの場面で上野を投入すれば、「四年生エースが胴上げ投手」という最高の場面になったではないか。
 しかし、大野にはそんなことはちっぽけなことだったのかもしれない。自分たちが卒業した後のことに、この土壇場の試合中に考えが及ぶとは……。

 なんという度量、なんという器の大きさか。
 大学最後の試合で、大野はチームに大きな置き土産を残した。

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 以下は、野球とは無関係の話になる。
 今日(11月第3木曜)は、ボジョレー・ヌーボーの解禁日。それにまつわる思い出話だ。

 5年前のちょうど今頃、ある人のためにボジョレー・ヌーボーを1本買い求めた。
 入院している弟(東洋大出身である)のためだった。これから闘病生活を始める彼には、「元気になったら、一緒に飲もう」と話した。希望をもたせて、少しでも治療の助けになれば――兄らしいことを何もしてきていないぼくが、何かできないかと考えたのだ。

 しかし、ボジョレーのコルクを抜く機会は、なかなかやって来ない。
 一旦退院したので、花見の時季に「桜の下で一杯やるか」と誘ったのだが、体に少しでも悪そうなことはしたくなかったのだろう。「もう少し後にする」と断ってきた。

 結局、次のボジョレーが解禁になった時にも、まだそのままだった。
 そして、年が明けた日、弟は帰らぬ人になってしまった。
 約束が果たせぬまま残されたボジョレー・ヌーボー。形見というわけではないけれど、開封してしまったらそれこそ弟との別れになりそうで、しばらくそのままにしていた。

 親兄弟が集まったその年の秋の日、ぼくはそのボジョレー・ヌーボーを持参した。いよいよ開栓して、弟の供養にしようと考えたのである。
 他のみんなは、知らないことだった。ぼくはボトルを持って、元気になったら一緒に飲むつもりだったことなどを話し始めたのだが……どうにもしゃくりあげてしまって、まともな挨拶にはならなかった。

 買ってから約2年経って、ようやく味わった2003年のボジョレー・ヌーボー。その味を、ぼくは覚えていない。
 弟の母校の優勝と、ボジョレー・ヌーボーの解禁。弟がこっちの世界にいたら、今夜は格好の祝杯日になったであろうに。
                      (谷川彬良) 

2008年11月19日 (水)

神宮大会、慶応高が初出場で優勝

 明治神宮野球大会の高校の部決勝・慶応-天理は、8-6で慶応の勝ち。初出場で優勝を果たした。

 大会前、慶応はエースの白村が腰痛だと聞いたので大きな期待はしなかったのに、控え投手の明、瀧本が、準々決勝、準決勝をそれぞれ完投。
 今日の決勝は点の取り合い。先行する慶応に、天理は慶応の6失策に乗じて2度追いつく粘りを見せたが、慶応は明、瀧本、そして大会初登場のエース白村とつないで凌ぎきった。

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 今大会、ぼくが応援した高校は、西条、天理、国士舘、慶応の4校。最初の時点で「40%」だった優勝確率は、トーナメントが進むにつれて上昇。準々決勝で50%、準決勝で75%、そして決勝を迎えた時点で100%となったのだ。

 しかし、100%だからといって、「どっちが勝ってもいい」という楽な気分にはなれない。「どちらかが負ける」からだ。
 その意味では、「優勝確率100%」という考え方自体が間違っていたかもしれない、と思う。

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 惜しかったのは、西条高校だ。準決勝(対天理)で、9回裏に2点をとられて同点。延長12回、サヨナラ負けになってしまった。
 西条のエース秋山は、187センチ、93キロの大きな体。速球は140キロを超えるそうで、体をもっと生かせるようになれば、さらに球速は増すだろう。

 頂点近くでの敗退は悔しかったろうが、明治神宮大会は選抜大会の小手調べ。
 全国のレベルを知り、この冬の練習に励むことで大きな飛躍が期待できる。

 3年前の神宮大会で、早実と駒大苫小牧が対戦し、早実が敗れた。
 その時、駒苫のエース田中将大の快投に苦杯をなめた早実の斎藤佑樹は、悔しさをバネに選抜大会で着実な成長の跡を見せ、夏の甲子園では優勝を成し遂げた。

 西条高校の秋山は、朝日新聞のスポーツ欄に投球フォームと一緒に紹介された投手。
 来年の選抜でどこまでレベルアップしているか、期待値は高い。

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 明治神宮大会、大学の部決勝・東洋大-東北福祉大は、3-2で東洋大の勝ち。2年連続、2度目の優勝を飾った。おめでとう。(扱いが小さくてすみません。 笑) 
                   (谷川彬良)

2008年11月18日 (火)

2008年早大野球部、戦い終わる

 08年明治神宮大会大学の部、準決勝・早大-東北福祉大は、1-0で東北福祉大が勝ち、決勝に進んだ。
 延長10回裏、一死3塁からのスクイズが決勝点。

 チャンスの数は、早大が上回った。
 中盤は毎回のようにスコアリングポジションに走者を置く展開。しかし、細かい野球が早稲田はできなかった。

 3回、無死1塁で打者は松永。送りバントのサインなのに、低めのストレートを2球ボールと判断ミスして追い込まれ、最後はショートフライ。
 4回も無死1塁の場面で、松本啓が送りバントできずに中飛。直後、原にレフト前ヒットが出た。
 なおも二死満塁まで持ち込んだが、泉はセカンドゴロ。ヘッドスライディングを見せるも、一塁わずかにアウトだった。

 6回は、無死1、2塁で、原がサードゴロ併殺。
 8回は、先頭の上本が左中間二塁打、細山田が送って一死三塁とするも、松本は三振。原は惜しいレフト線のファウルがあったが、結局凡退した。

 延長10回のサヨナラの場面は、先頭が二塁打で出塁し、リリーフ大石(9回から)が暴投(細山田が投手方向にはじく)で無死3塁。ここは三振にしとめたものの、次打者にスリーバントスクイズを決められた。

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 ちょっとだけ、タラレバを書く。(諦めが悪い。 笑)

 6回、無死1、2塁で原。ぼくは送りバントをしてほしかったが、サードゴロ併殺となった。
 ただ、わからなくもない。東北福祉のピッチャーは、無死1塁からリリーフした左腕森山。松本は送りバントの気配も見せず、センター前ヒット。原は直前の打席で右の中根投手からレフト前ヒットを打っており、左投手ならばさらに良い結果が得られるのではないか、立ち上がりの不安定なところを一気につぶしてしまえるのではないか、と應武監督は考えたのかもしれない。

 8回、一死三塁。終盤、ここはスクイズもありのところだ。
 だが、打者はバットに当てることにかけてはチーム一といっていい松本啓。三塁走者は快足上本。内野にゴロが飛べば、当たりに関係なくホームインの確率が高い場面だったが、空振り三振。
 應武監督が四年生コンビに託したのも、仕方のないところか。

 10回裏の東北福祉大の攻撃は、無死三塁。打者は5番。ここで満塁策はなかったろうか? 
 大石は三振で一死とするが、続く打者も三振狙いにいって、スリーバントスクイズを決められた。
 今日の大石はカウント2-3ピッチングが多かった(9回は三者三振ながら、いずれも2-3からのもの)とはいえ、ここは塁を埋める手を考えても良かったかな、と思う。

 ――――――――――――――――――――

 前の試合で3失策だった早大は、今日は失策0。しかし、記録に残らないバタバタした守備があった。
 原は一塁後方へのファウルフライを追いついていながら捕れず、細山田も一塁側のファウルフライに楽々追いつきながら、ミットに当てて落とした。
 そして、10回裏、先頭打者の高い三塁線へのショートフライを、松永はグラブに当てることもできず(記録は二塁打)……。

 今日の神宮は風がやや強めに吹いており、割り引いてあげなくてはいけないのかもしれない。
 しかし、他の大学よりはるかに慣れているグラウンドでの“守乱”は、どうにも首をひねってしまう。

 ちなみに、松永は即座に後藤と交代した。エラー(今日はエラーではないが)→即交代、今年はとくに機会が多かったように思う。
 松永、後藤という同レベルの選手がいるからこそ、できることに違いない。

 ただし、エラー即交代は“おしおき”としての効果はあるのかもしれないけれど、すべての場面で有効だとは思わない。
 たとえば、今日。上空は風が舞っており、もしも後藤に代わった直後に同じようなフライが上がった場合、どちらが対処しやすいか。
(まあ、前試合でも、松永はフライへの対処を誤っているから、應武さんが怒るのも当然か)

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 先発の斎藤佑樹は、8回を3安打、4奪三振、2四死球、球数101。テンポの良い投球で、ピンチらしいピンチを作らず、安心して見ていられた(8回に一死1、3塁のピンチがあったが、三振、ショートゴロで切り抜けた)。今日が決勝戦であったなら、まだまだ投げさせてもらえたに違いない。

 もう一つだけ、タラレバ。
 最後のスクイズの場面。もしも投手が斎藤佑樹だったら、“スクイズ外し”の球を投げたのだろうか……。
                   (谷川彬良)

 

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東京六大学野球 2009年カレンダー

2008年11月17日 (月)

明治神宮大会、早大-福岡大観戦雑記

 貧血事故を起こし、「無理されないように」とたくさんの方からメールをいただいた。本当に嬉しく、ありがたいことだと思う。

 昨日(11月16日)の早大-福岡大は、顔の傷もまだ治っていない上、頭痛もあって、観戦は見送るつもりでいたのだが、負けてしまえば終戦のトーナメント。
 早実の試合の際に、よく“一発勝負の魔力”と書くが、それと同じ力を昨日は感じたので、ハチ公バスで神宮球場に向かった。

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 チケット売り場に着いた時に、前の試合が終了。雨も上がっていて、心配した寒さもなく、まずまずの観戦環境になるはずだった。
 ところが、一塁側観客席(早大側)に出てみると、雨再び。試合が始まっても、完全な止み間は少なく、ずっと雨合羽を着たままでの観戦となった。

 福岡大は、良いチームだった。先発左腕の門脇、リリーフした速球派右腕の大木も、しっかりとした投球。崩れる感じはなかった。
 打線では、5番の岳野が左中間真ん中に同点二塁打。観客席からすかさず「さすがはプロ!」(埼玉西武ライオンズ5位指名)の声が飛んだ。
 斎藤佑樹から打つとはさすがだと思っていたが、読者さんからのメールによると「どうぞ打ってくださいボール」(失投)だったとのことだ。

 上本の大エラー(一塁への悪送球)など、エラー絡みで追いつかれてしまい、もし負けていたら、主将・上本としてはみんなに顔向けできなかったところ。
 よくぞ、決勝打を打ってくれたものだ。

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 試合中、じつは雨がありがたいと思っていた。というのも、雨合羽のフードが顔の露出を減らしてくれたからだ。
 皆さんにアドバイスをいただいたように、きっちりマスクも装着していたので、まだ傷が残る顔は、ほとんど晒すことなく済んだはずである。

 顔面の傷跡は、自分ではかなり治りが早いと感じている。塗り薬が合ったのかもしれないが、かさぶたがすでに取れたところもあり、だいぶすっきりしてきた。
 むしろ問題は、普通治りが早いとされている口の中。上唇の裏には腫れが残り、切れた箇所も完全にふさがっていない。少し温かい飲み物くらいでも、まだ沁みる。

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 気分的には、怪我をする前よりも良好である。ぶっ倒れて、前歯を失くして、顔に傷を負って、ある意味「どん底」(大げさな)を見たようなもの。
 これ以上落ちない場所からの“這い上がり感”は、とても気持ちが良いものなのかもしれない。

 大量リードされて「負け」と諦めていた試合を少しずつ点差を詰め、あわよくば追いつき、追い越せまでもっていく場面に似ているかもしれぬ。

 ――――――――――――――――――――

 早大は明日(18日)に準決勝で、東北福祉大と対戦することになった。
 東北福祉大は、初戦の佛教大、そして今日の創価大と、同じスコア(3-0)の零封勝ち。森山、桑鶴両投手の調子が良さそうなので、早大打線は苦労するかもしれない。
 早大の先発は、明日も斎藤佑樹かな?
               (谷川彬良)

2008年11月16日 (日)

神宮大会、早大は初戦辛勝

 明治神宮大会の早大の初戦、対福岡大は、3-2で早大の勝ち。準決勝にこまを進めた。

 ゲームのポイント、ポイントにいたのは、主将・上本だった。
 2-0。早大リードで迎えた6回表の守備。二死2塁でベース寄りの高いバウンドのゴロをつかんだ上本は、一塁へ暴投。なおも走者二塁になった。
 続く打者は、左中間への二塁打。上本のエラーがなければチェンジだったところが、同点に持ち込まれてしまった。
 上本のエラーの場面は余裕があり、一塁手原とキャッチボールする感覚でよかったのだが……。たぶん、転がってくる間にボールが湿って、投げるときにスリップしたんじゃないだろうか。

 2-2で迎えた7回裏早大の攻撃は、代打・土生(一年)から。粘って2-3から四球を選び、途中から守備に入っていた小島宏(久しぶりだ)が三塁前へきっちり送りバントを決めた。
 ここで打者は上本。「絶対打ってやろうと思った」(試合後のコメント)との言葉通り、ライト前への決勝タイムリー。
 さらに次打者・細山田の時に盗塁を決め、これでやっと先のエラーを取り返した、とぼくは思った。

 ――――――――――――――――――――

 先発の斎藤佑樹は、6回を投げて4安打、7三振、四球0、自責点0。絶好調ではないように見えたが、上本のエラーさえなければ、無失点で終わっていたところ。
 同点に追いつかれたから降板したのではなく、準決勝、決勝を見越して、もともと完投させる腹づもりは應武監督になかったものと思われる。

 二番手の福井は、2回を2安打、2三振。“良い子”のほうの福井だったと言っていい。
 一年の時からの福井を見ていて、調子のバラつきが激しい印象があるが、この秋のリーグ戦あたりから良い目が出る割合が増えてきたと感じる。来年、斎藤佑に次ぐ有力な先発候補だと思う。
 9回に登場した大石は、いつも通り。2三振を奪う、堂々の投球だった。

 ――――――――――――――――――――

 四年生・泉の輝きは、まだ続いている。4回、宇高の先制打に続いて、レフト線へのタイムリー。盗塁も2つ決めた。
 もっとも、8回の守備では、イージーなレフトファウル飛球を落球した。
 リーグ戦で神がかり的プレーを連発した泉。簡単な守備機会は、苦手らしい。(笑)
                 (谷川彬良)

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明治神宮大会、開幕

 明治神宮大会は、昨日(15日)から開幕。ぼくが応援する西条高校が、まずは勝ち上がった。
 エースで4番の秋山は、思っていた以上の選手のよう。187センチ、93キロと堂々たる体。これから全国的に注目を浴びることになるだろう。

 今日(16日)は、これまた応援する慶応が勝ち、準決勝に進出。これで残る7校のうち、ぼくが応援するのは4校(西条、天理、国士舘、慶応)。優勝確率は、57%になった。

 今日は第1試合が雨で中止になったが、第2試合からは行われている。
 第4試合には、いよいよ早稲田大学が登場することになる。

 ――――――――――――――――――――

 ひとつ前に書いた記事に、多くの方からお見舞いを頂戴いたしました。
 この場からですが、心より御礼申し上げます。大変勇気づけられました。ありがとうございました。

 中には、「お返事はご心配なく。次に記事が更新されていたら、お元気になられたとわかりますので。その記事が神宮大会観戦記ではないことを祈りつつ、お大事に」という、涙が出るような嬉しいものもいただいた。

 ――――――――――――――――――――

 事故に遭った日は、精神的にもショックでかなり落ち込んでおりましたが、14日に歯を3本抜き、15日に念のため首のレントゲンをとり「ごく軽症のむち打ち。特別な処置は必要なし」と診断され、調子は戻ってきています。

「貧血の原因を調べてもらったほうがいい」とたくさんの方にメールでアドバイスをいただきました。
 貧血で倒れることは過去2、3回ありましたが、これまでは浴室やリビングで大したことはなく、実害は今回が初めてです。
 たぶん、一時的な脳貧血かと思いますが、そうですね、いずれ調べてもらおうと考えております。

 ――――――――――――――――――――

 昨日、病院へ向かう道すがら、何人かの人に顔をじっと見られた。
 明らかに感じる視線がいつもと違う種類のものなので(笑)、それ以後はすれ違う人の顔を見ないように。

 処方箋薬局で薬(痛み止めと塗り薬)をもらう時、うら若き薬剤師が薬の説明をするのだが、「今回はどうなさったのですか?」と訊くので、「かくかくしかじか」と説明すると、「ああ、それでお顔に傷が――」。
 自分では、少しは目立たなくなってきたかな、と思っていたのだが……そう簡単に治るはずもないか。(笑)

 それよりももっとショックだったのは、妻の一言だ。顔にこんなに傷跡があるのに、
「あなたのイメージ、いつもとそんなに変わらないわよ」
 気にするほどでもないから、いつも通りにしていていいんじゃない?、というつもりで言ったのかもわからないが、こんな顔なのに「いつもとイメージが変わらない」って……。(笑)
 結婚25年(そういえば今年は銀婚式だったのだ)も経つと、こんなものだろうか?(笑)

 ――――――――――――――――――――

 事故が起こってしまった前日に、ぼくを野球観戦に誘ってくれた友人が、「あんなに楽しみにしていた明治神宮大会(の観戦)を諦めるとは、本当に申し訳ない。責任を感じている。野球に誘わなければ、こんなことにはならなかっただろうから」と言う。
 自分が起こしたアクションによって、誰かに災いが生じた場合、「ぼくが(私が)○○していなければ……」という台詞をよく聞くが、そんなことはないのだ。

 今回のことにしても、球場に行ったのはあくまでもぼくが決めたこと。誘ってくれた友情にこそ感謝している。
 友人もまた神宮大会の観戦を楽しみにしていたが、ぼくが観戦できないかもと聞いて、「明治神宮大会は行かないと決めました」と言ってきた。
 気持ちはわからなくもないが、それはぼくが望むことでは絶対にない。観たいものは観る。いつも通りの君でいてくれることを、ぼくは強く望む。そうじゃないと、ぼくが辛い。

 そして、いつかまたぼくと観戦したいと思ってくれる試合があったら、遠慮なく誘ってもらいたい。ぼくも、そうさせてもらう。
                (谷川彬良)

2008年11月14日 (金)

神宮大会、観戦できないかも雑記

 前の記事で「神宮大会を観るのを楽しみにしている」と書いておきながら……ぼくは観戦ができそうにない状況になってしまった。
 昨夜11時頃(11月13日)、ぼくの身にある事故が起こったのだ。

 ――――――――――――――――――――

 JR代々木駅で友人と別れ、ぼくは一人で自宅への道を少し速足で歩いていた。軽くアルコールが入っており、足取りも軽い。
 家まであと5分とかからない最後の横断歩道は、赤信号。立ち止まった瞬間、目の前が真っ暗になった。

「ヤバイ……」。貧血である。
 とっさに危険を察知して、歩道内にしゃがんだ。

「大丈夫ですか。危ないですよ。クルマに轢かれちゃいますよ」
 耳元での声に目を開けると、視線の何メートルか先の反対車線にクルマの列……。
 ぼくは車道に横たわっていたのだ。しゃがんだはずだった歩道から、2メートルも車道側に入った位置で。どのくらいの時間、ぼくはここにいたのだろう……。

「あ、ありがとうございます……。大丈夫です」
 通りすがりに声をかけてくれた男性に声を返し、よろよろと立ち上がる。横断歩道が青だったので、落とした上着とマフラーを拾ってからやっとこ渡り終えた。

 家まで、もうちょっとだ。だが、頭が覚醒してくるにつれて、体の異状に気づき始めた。
 まず感じたのは、口の中。歯の位置がいつもと違う。触ると、前歯2本がグラグラになっていた。
 眼鏡が顔のいつもの位置にない。左のツルが上にひん曲がり、まともに装着できない。
 鼻水が異常に出る。拭った指を街灯の下で見たら、鼻血だった。
 上唇が腫れている。口の中からも出血しているようだ。着ていたニットの前面には、血が滴っていた……。

 じつに不気味な風体だったろう。あの男性、よくぞ声をかけてくれたものである。
 まあ、暗くて、よく見えなかったのだろうが。(笑)

 帰宅して、すぐに洗面所。
 鏡に映った自分は……「お前、誰?」(笑)
 顔のあちこちに、擦り傷ができて血が出ている。口を開くと、前歯が奥に引っ込み、血の塊が歯茎にこびりついている。
 しかも、まだ出血は続いているのだ。(鼻血も)

 両膝、左肩に鈍痛がある。しゃがんだつもりだったのだが、どういう倒れ方をしたのか、まったくわからない。

 ――――――――――――――――――――

 今日(14日)、朝一番で歯医者に行った。すぐ近く(150mくらい)にあり、ほとんど人とすれ違わずに行けた。
 グラグラの2本だけでなく、その隣の歯もダメで、都合3本抜いた。抜歯は、30歳の頃に新宿の大学病院で毎週1本ずつ親知らずを抜いて以来。(下のやつは女医さんでは1時間かかっても抜けず、男性医師にバトンタッチした思い出がある)

 自宅に戻り、改めて鏡を見る。顔は見慣れた。「お前はオレ」になった。
 しかし、口を開くと、また「お前、誰?」に戻る。前歯が3本ない顔……これはぼくじゃない。(笑)

 この状態で1か月。それから型をとって、歯を入れることになる。
 仮の差し歯を入れる手もあるが、それとて2週間後。今すぐでなければ、意味はない。1か月後を待つことにした。

 ちなみに、抜いた3本のうちの1本は、大学時代に金管楽器を吹こうと構えたときに、マウスピースをぶつけて砕いた歯。神経がダメになったが、応急処置をしてもらって、「すぐにダメになるかもしれないよ」と歯医者さんに言われながら、今日までもってくれた。
 ぶつけた場所は、神宮球場のアーケード下。これから野球応援をするために、吹奏楽部のみんなで練習をしていた時だった。
 昨夜は球場こそ違え、野球を観戦しての帰り。やはり野球とのつながり。そこに待っていた歯の最期の場面だった。

 ――――――――――――――――――――

 明日(15日)から始まる神宮大会。ぼくの今の状態では、観に行くには相当な勇気が必要だ。
 今年の早大の試合は、ほとんど観てきた。最後の公式戦で、四年生最後のプレーを観ることを楽しみにしてきたけれど、微妙な具合になってしまった。

 この世のどんな出来事にも、無意味なことはないという。では、昨夜の“車道ぶっ倒れしたたか顔面打ち貧血事故”は、何の意味があるのか……。
 貧血を起こした時はしゃがむんじゃなくて、意識があるうちに横たわってしまえ、というメッセージか。
 それとも、いずれ訪れるであろう“歯抜け爺さん”顔を逸早く体験して、その時のショックを和らげるためか?(笑)

 いずれにしても、ありがたく受けることにしよう。
 不幸中の幸いだと思ったのは、駅のホームだったり、高所だったりしたら、命がなかったかもしれなかったこと。
 まあ、車道で横たわっているのも相当な危険であり、本当に轢かれていたっておかしくはなかったのだ。
 今ここにある命を、喜ぼうと思う。

 あの男性には、満足にお礼を言っていない。この場からでは届かないだろうが、「ありがとうございました」と言わせていただく。 

 今回のことをブログに書いたことで、「谷川って、相当なドジね」と笑っていただけるなら、それが「最大の意味」になるのかもしれないなあ、とも思う。
 一種のピエロですね。(笑)

 神宮大会に行けなくても、毎日毎日丁寧にねじを巻いて、生きていくことにします。
                 (谷川彬良)

さあ明治神宮大会

 第39回明治神宮野球大会が、11月15日に開幕する(19日までの5日間)。
 今年は、明治維新140年記念と銘打たれている。

 大学10、高校10チームがトーナメント方式で対戦し、高校の優勝チームの地区には来春の選抜大会(甲子園)への出場枠がもう一つ与えられる興味ある大会だ。

 大学の決勝は順当ならば早稲田大-東洋大になるが、そこは一発勝負の醍醐味で、この対戦が実現するとは限らない。
 しかし、もし実現したならば、早稲田としては負けられない戦いとなる。

 昨年、春秋のリーグ戦を優勝し、6月の大学野球選手権でも優勝した早大は、年間グランドスラムを懸けて神宮大会の決勝に進出。
 しかし、東洋大・大場(ソフトバンク)を打つことができずに惜敗し、グランドスラムはならなかった。

 今年、東洋大は、春秋の東都リーグを連覇し、大学野球選手権でも優勝。神宮大会で優勝すれば、昨年早大が果たせなかったことを実現するのだ。
 早大は何としても阻止したいだろう。

 早大の先発投手は誰だろう。昨年は決勝までの3試合が3日連続になりながら、すべて斎藤佑が先発した(完投はなし)。
 今年は、最初の試合の後、1日休みを置いて、準決勝、決勝と続く。

 準決勝、決勝でフル回転するために、斎藤は初戦を回避する手もあるだろうが、投げるごとに調子を上げていくタイプだから(昨年も1回戦は調子が悪く、3回3失点でリードされたまま降板)、短いイニングを投げさせておきたい気もするのだ。

 ――――――――――――――――――――

 高校はまったく戦力がわからないが、今年は例年よりも観るのを楽しみにしている。
 というのも、メールを下さった方で出場校にかかわりのある方がお二人いらっしゃるからだ。

 西条高校(愛媛県・四国代表)は、メール主Hさんの母校。それにぼくは同校出身の梶本選手(慶大三年)のファンでもある。
 天理高校(奈良県・近畿代表)は、メール主Mさんの息子さんのチームメイトであり幼馴染の選手が、もしかすると来年からプレーするかもしれない学校だとうかがっている。

 この2校に、国士舘(東京代表・早実の選抜出場がかかっている!)、慶応(関東代表)を加えると、10校のうち4校を応援することに。(笑)
 優勝確率40%。すごい高率ではないか。(笑)

 野球シーズンの最後を飾る大会。大学も高校も、優勝するしないは関係なく、好試合を期待している。
                (谷川彬良)

2008年11月11日 (火)

早慶一回戦、慶大相澤への心ないヤジ

(#11月7日の「Mさんへのメッセージ」の文末に追記しました:11月12日、13日)

 ある方から、メールをいただいた。この秋の早慶1回戦(早大が優勝を決めた試合)をネット裏あたりで観戦した彼女は、慶大の投手に向けられたあるヤジを聞いて腹が立ったそうだ。
 彼女の感想は、次のようなものである。

 ――――――――――――――――――――

 私の席の少し前のク○ジジイが、相澤くんに 「相澤ー! バッティングピッチャー!」とか、相澤くんの打席では「9番、バッティングピッチャー、相澤くーん」なんてヒドイヤジを飛ばし続けていて、後ろ頭に蹴りを入れてやりたくなりました。

――――――――――――――――――――

 ――というのである。

 ヤジの主はたぶん早大ファンなのであろうが、何とも腹立たしく、情けなく、悲しくなる。
 彼女の感想は、至極もっともだと思う。

 彼女の名誉のために言っておくが、本質は「おしとやか」を絵に描いたような方であり、彼女の辞書に「ク○ジジイ」とか「蹴りを入れる」などというハシタナイ言葉は存在しないはずである。
 しかし、自分の辞書に載っている言葉ではその怒りをどうにも表現できず、おそらくはどこかの“キタナイ言葉辞典”から怒りのレベルに合致する単語を引っ張り出してきて、ぼくへのメールに叩き込んだと思われる。

 ――――――――――――――――――――

 ヤジにはいろんな種類があるが、一つの分類法として「真実」と「ウソ」がある。
 その角度から見れば、「相澤=バッティング投手」は明らかに「ウソ」である。

 手首に打球を受けて、左のエース・中林が投げられない時、右のエース・相澤は二人分の働きをした。

 1回戦に負けた東大戦。その2回戦で、先発した相澤は、6回までパーフェクトピッチングをしながら、降板を命じられた。3回戦を見据えての、体力温存である。
 投手の勲章である「完全試合」は、リーグ史上わずか2回しか達成されていない。チームの勝利のためとはいえ、マウンドを降りなくてはならなかった相澤の胸中は、いかばかりだったか。

 ネクストでバットを持って待機していた相澤は、相場監督に交代を耳元で告げられた。
 監督にとっても、悩みに悩んだ末の決断だったろう。決して“非情”とは言えまい。
 バットを置いた相澤はすぐにブルペンに向かい、悔しさを押し隠してリリーフする居村に笑顔で声をかけていた。

 3回戦、先発した相澤は、1安打完封。右のエースとして、そして主将として、意地を見せた。
 開幕カードで法大に敗れていた慶大。ここで勝ち点を落とせば、優勝争いから脱落となるピンチを救い、早慶戦まで優勝争いを残す原動力となった。

 相澤は秋季リーグで4勝。斎藤佑樹(早大)の7勝に次ぐ勝ち星を挙げたのだ。
 そんな投手に「バッティング投手」とは、何たることか。

 仮に、相澤の実力を認めた上で、その力を出させないようにするためだったとしても、そんなヤジは吐いてほしくない。
 そんなヤジを近くで聞いたら、ぼくも「後ろ頭に蹴りを入れたく」なっただろう。(笑)

 ――――――――――――――――――――

 慶大野球部・相澤宏輔。一浪して入学し、主将&右のエースとして、チームを引っ張ってきた。
 慶大の最後の優勝は、相澤が入学する直前の04年秋。結局、一度も優勝を味わうことはできなかった。

 しかし、今季は見事なキャプテンシーで引っ張り、スタートが悪かったチームを2位に押し上げた。
 大学までで野球を辞めると聞いた。最後のリーグ戦、最後のカードで、あんなヤジを聞くことになるとは思わなかったろう。

 相澤君、君の力はみんなが認めている。
 4年間、お疲れさま。
                     (谷川彬良)

 

2008年11月 7日 (金)

Mさんからのメッセージ

(#文末に追記あり:11月22日)
(#文末に追記あり:11月20日)
(#文末に追記あり:11月12日、13日)

 早稲田大学野球部の記念ソックス(ストッキング)に「W」の刺繍をされた「Mさん」から、メールが届きました。
 Mさんご本人の了解をいただきましたので、その一部分をご紹介いたします。
(なお、Mさんについては、「その後、いかがされたのでしょうか。心配しています」といったメールを何通かいただいておりました)

 ――――――――――――――――――――

 お久しぶりです(笑) 元気に?退院してきました。
 沢山の方が祈って下さり、とても勇気付けられました。
 ありがとう!!

 皆様の暖かいエールのおかげで、5時間もの手術に耐えられました。頑張れました。
 「悪いところは全部取りましたよ、よく頑張りましたね」
 皆さまのおかげです。

 ただ相手は強敵です。まだまだ油断は出来ません。
 でも、絶対勝ってみせます! 
 エールを下さった皆さまに必ず勝利宣言します。

 野球で言うなら、今の私は「初回先制点取ったど~~」ですね(笑) 
 この先制点を守りつつ、最後にはウイニングボールを手に、細山田君に負けないぐらいのとびっきりの笑顔で笑いたいです♪

 この感謝の気持ちを表す言葉を知らないのがもどかしいです。
 今更ですが、もっと勉強しておくのだったと後悔しています。今からでも、ちゃんとした本を読んで勉強しようと思いました。
 今の私の学力で気持ちを表すとしたら、お一人お一人にお会いして、手を取ってハグしてありがとう!と言いたいです。

 追伸 Oさんは11月に手術でしたね? 小さいお子さんがいらっしゃる分、不安だと思います。でも、きっとうまくいきます。
 今度は私がエールを送ります。頑張れ!Oさん!

 ――――――――――――――――――――

 Mさん、ご退院、おめでとうございます。
 本当によかったですね。
                             (谷川彬良)

 (11月12日追記:Oさんから、メッセージ)

 M様が退院なさったと知り、本当にうれしかったです!
 M様がご自分のことで精一杯であろうに、私のことなど覚えていてくださり、驚きました。涙があふれてとまりません。
 M様からのエール確かに受け取りました。

 私は13日から入院します。体調がよければ14日にオペの予定です。いくら簡単なオペだといっても人生初の事で不安はあって・・・。
 でもM様からのエールを頂いたんですから頑張らなくては!

 (Oさんへ)
 いよいよ入院ですね。
 この秋、神宮観戦が思うようにできなかったとのこと。来春はお子さんも連れて、必ずや元気に観戦できることでしょう。
 Mさんのように、初回先制点を取って、勝利投手の権利をもって退院なさってください。
 お待ちしていますよ。(谷川)

 (11月13日:追記)
 Oさんへ。京都の方から「手術の日、京都から手を合わせて祈っています」、奈良の方からも改めて「元気に退院されて、お声を聞けるのを楽しみにしています。上手くいくようにお祈りしています」とのエールが届きましたよ。もちろん、ぼくもお祈りします。 (谷川)

 (11月20日:追記) 手術を受けられたOさんから、本日、お便りが届きましたのでお知らせいたします。
 ――――――――――――――――――――
 無事退院してまいりました。心配をしてくださり、本当にありがとうございました。
 皆様がお祈りしてくれたおかげで、冷静に手術に望むことが出来たんだと思います。
 私も初回先制点とれたといってよいのでしょうか。
 あとは2週間後の結果待ちになるのですが、M様とともにウイニングボールを手に出来ることを願っています。
 ――――――――――――――――――――

 (11月22日:追記)
 Oさん宛てに、お二人の方からお便りが届きましたのでお知らせいたします。

「Oさんの退院、安心しました。
 先取点を守り、ウイニングボールを必ず手にしましょう!
 退院おめでとうございます。
 頑張りましょうね。元気に神宮で応援できる日をお互い励みに楽しみにしましょう」(Mさんより)

「Oさん、小さい子どもさんがいらっしゃるのですよね。他人事とは思えず、祈っておりました。
 冷静に手術に望むことが出来たとお聞きして、こちらまでがホッとしております。
 2週間後の結果がまたご心配な時期かと思います。良い形での結果を『受け入れられる』ことになれば、、、と願います。
 きっと入院中、ご家族の心配は想像を絶するものだったと拝察します。
 お帰りになってお母さんの笑顔が何よりのご馳走!と良い時間を過ごしていらっしゃることを祈ります」(Sさんより)

斎藤佑樹、3度目のMVP

 東京六大学野球08秋季リーグ戦のMVP(ファン投票)に、斎藤佑樹(早大二年)が選出された。
 一年春秋と合わせ、3度目の受賞。2位の鈴木優一(東大)に大差をつけた。
 斎藤はチーム10勝のうち7勝を挙げ、防御率も2位の0.83。文句のつけようのない成績だった。

 3位は44年ぶりに防御率0.00を達成した野村(明大)。以下、相澤(慶大)、松本啓(早大)、加賀美(法大)と続いた。

 ――――――――――――――――――――

 投手の受賞は、5季連続。03年からの12季で、投手は9回、野手は3回と「投手有利」となっているが、できることなら投手と野手に分けて、一人ずつ選ぶ方式にしてもらいたい。
 投手と野手の活躍度を比較するのは、むずかしいものである。今季の野手の最高得票は、5位の松本啓。彼が野手部門のMVPと言っていいだろう。

 2位の鈴木は、最下位の東大で「2勝」と、リーグ最多の投球イニングが評価されたと思う。44年ぶりの防御率0.00の野村よりも得票が多く、その奮闘ぶりが強い印象を与えた。
 さしずめ、鈴木は“敢闘賞”か。

 従来の投票方法のまま、投手の最多得票者を「投手MVP」、野手の最多得票者を「野手MVP」とする手もあるが、できれば始めから投手、野手を分けたほうがすっきりする。
「敢闘賞」も新設し、優勝校を除く5校から選んだらどうだろう? 選手の励みになるのではないだろうか。
                      (谷川彬良)

2008年11月 6日 (木)

新人戦観戦雑記

 今日は珍しく、ネット裏の最前列に座って観戦。グラウンドが近い。選手が大きい。(笑)
 出場しない早大の選手は、昨日に引き続きネット裏で観戦。今日は全員学生服のようだった。

 ときどき、後ろを振り返ってみる。観客席に入ってきた細山田が最上段席に向かっていくので、誰かいるのかなと思ったら、松本啓のお父さん(千葉経済大付の野球部監督)。礼儀正しく挨拶をしていた。
 すぐにネット裏の前のほうにやってきて、今度は昨日と同じように松本のお母さんたちと観戦。松本歩がタイムリーを打つと、細山田は最上段席の松本父に向かって、拍手をしていた。
 細山田は本当に気のいいやつである。

 ――――――――――――――――――――

 出場しない早大の選手たちは、終盤、早大のベンチ裏観客席に移動。ネット裏にいた時はみんなおとなしかったのに、移動した途端に“素”が出たというか、大した場面ではないのに大声を出し、手を叩いて大はしゃぎ。
 9回二死になると、昨年と同じように最前列に移動し、優勝が決まると大歓声を送っていた。音頭とりは細山田のよう。(笑)

 閉会式は、例によって優勝カップ一つが渡されて終わり。ゲームキャプテンの白川は、これで春・秋と優勝カップを受け取ったことになる。

 昨年の決勝の日は、神宮は真冬のような寒さ。今日は気温が20度を超え、風もなく穏やかな陽気の観戦日和であった。
                (谷川彬良)

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1943年晩秋 最後の早慶戦

早大、新人戦3連覇

 東京六大学野球08秋季新人戦決勝・早大-法大は、6-4で早大の勝ち。新人戦3連覇となった。

 ――――――――――――――――――――

 1回表に早大が4点、その裏に法大が2点の点の取り合いで始まったゲーム。
 双方の先発投手に四球が多く、1回表裏だけで試合時間40分ほど。しかし、その後は一転して投手戦模様となり、最終回まで見ごたえのある攻防が続いた。
 好試合。

 法大は、先発の細江が1回3分の1、被安打2、四死球5(四球だけかも)で降板したのが誤算。
 二番手以降はまずまず好投しただけに、惜しまれる結果となった。

 早大の先発・池下は立ち上がりは制球がままならなかったものの、終わってみれば7回を5安打。4点は失ったが、リードを保って、二番手高橋哉にバトンタッチした。
 その高橋は、昨日今日2イニングずつを投げ、合計4イニングで被安打1、奪三振5。スピードはそれほどではないが、球のキレで勝負するタイプだ。

 ――――――――――――――――――――

 法大にもチャンスがあった。
 7回2点を返して1点差。なお一死1、3塁のチャンスとなるところ、打者走者が二塁タッチアウト。次打者がレフトフェンス直前への大飛球を放っており、同点とするチャンスを逸したのが大きかった。

 早大は、2番川西、3番土生、6番松本歩が2安打と活躍した。
 昨日無安打だった川西は、左中間に二塁打と単打。送りバントも2つ決め、2番打者としての適性を見た思いがした。

 土生は、昨日に続いて魅せた。初回、一死二塁から、ライナーでレフトの頭を越す先制の二塁打。しなやかに逆方向へ長打を放った。
 後の打席でも、二塁手横を鋭く抜けるセンター前ヒット。打球が速い。本当に楽しみな打者だ。

 松本歩は、相手守備陣を引っ掻き回せる存在だ。
 初回、一死満塁から三遊間を破って、2点目を叩き出した後の二死満塁の場面。白川のショートゴロが二塁フィルダースチョイスとなる間に、二塁走者の松本もホームイン。
 フルカウントで投球と同時にスタートを切っていたとはいえ、スピード感のある走塁だった。

 また、7回には1、3塁の場面で一塁走者の松本が盗塁。送球がやや乱れる間に、三塁走者がホームインで5点目。終わってみれば、この得点が決勝点だった。
 足の速い上本、松本啓が来年は抜ける。松本歩は、名前だけ見ると速そうではないが(笑)、上本の走塁を継承できる選手ではないかと思っている。

 早大の捕手は、今日はスタメン白川が最後までマスクをかぶった。
                      (谷川彬良)

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1943年晩秋 最後の早慶戦

2008年11月 5日 (水)

早大新人戦、ネット裏は祝福ムード

 新人戦準決勝・早大-明大のネット裏は、明るいムードが満ち溢れていた。

 主役は、細山田と松本啓。リーグ戦優勝、ベストナイン、ドラフト指名とめでたいことだらけで、さらに松本は首位打者も獲得。
 二人とも多くの人に声をかけられ、笑顔で応じていた。

 学生服の松本啓は、すでに入場していたお母さんらの後ろに着席。しばし談笑後、ネット裏最上段あたりに座っている野球部の長老たちに、挨拶に向かった。

「首位打者、おめでとう」
「ありがとうございます」
「でも、ぎりぎりだったなあ。最後の試合は、(打率の)計算が大変だったよ」
「すみません」

 謝ることはないと思うけど。(笑) でも、先輩らも松本も、笑顔、笑顔。周囲のファンも、その様子を温かく見守っていた。

 後からやってきた細山田(こちらは私服)も、松本のお母さんらの後ろに着席。これまた、みんなに祝福され、嬉しそうであった。
 その細山田も野球部の長老の席に行き、挨拶。

「ぼくはベイスターズのファンなんだ」
「あ、そうすか」
「大洋の頃からだからね。がんばってよ」
「はい、がんばります」

 他には、松下、大石、後藤、宇高らの顔が見られたが、上本主将や斎藤佑樹あたりは、どこにいたのだろう? 気づかなかった。

 弟の松本歩が最初のヒットを打った時には、松本啓、お母さんの一団がハイタッチで大喜びしていた。家族って、いいなあとつくづく思う。
                 (谷川彬良)

08秋季新人戦、早大決勝進出

 東京六大学野球08秋季リーグの準決勝が行われ、早稲田-明治は5-1で早大の勝ち。
 もう一つの準決勝、法政-立教は5-4で法政の勝ち。法大は9回二死1、2塁から長谷川(一年)が逆転3ランを放った。

 ――――――――――――――――――――

 新人戦の観戦は、来期に戦力となりそうな選手を探すのが楽しみである。
 今日、早大で目立った選手は、土生(一年)、山田敏(二年)、桜山(二年)、松本歩(一年)の3、4、5、6番。4人とも2安打を放った。

 土生は初回、センターフェンス直撃の三塁打。打撃センスは一軍を含めてもトップクラスと思われ、しかも長打が期待できるので、来年の有力なクリーンナップ候補といえる。
 桜山は、都新宿高校(進学校といっていい)出身。166センチと小柄ながらパンチ力があり、左中間への大二塁打を打った。

 松本歩は、ご存知松本啓二朗の弟。2回には送りバントを失敗したものの、4回無死一塁から、前進守備の三塁手をあざ笑うかのように頭越しのヒットでチャンスを広げる打撃を見せた。
 小技が利き、守備も安定している。盗塁も見せ、両打ちなのも魅力。有力なトップバッター候補だ。松永や後藤も、うかうかできないのではあるまいか。
 先制タイムリーの野崎(二年)、貴重な追加点となる右中間への2点三塁打の白川(二年)も、うまい打撃を見せた。

 注目の捕手争い。先発マスクは、春に続いてゲームキャプテンを務めた白川。8回から市丸(一年)が2イニングを守った。
 打撃は白川のほうが良いかもしれないが、守備の俊敏さでは市丸か。いや、短いイニングしか見ていないので、まだよくわからない。
 ただし、リーグ戦でベンチ入りしていた市丸が、若干リードしているのだろうけれど。

 先発投手・福井は、立ち上がり不安定でピンチを迎えたものの、2回からは制球も安定。4回に2安打で1点を失ったものの、7回を投げて4安打、四球1。
 最速は149キロ。早慶戦の悪夢(連続押し出し)を払拭できただろうか。
                     (谷川彬良)

2008年11月 4日 (火)

笑顔のラストゲーム

 リーグ最終戦となった早慶3回戦。観客席から見る限り、早大の選手に涙はなかった。
 一年前の早慶3回戦は、主将の田中幸長を始め、多くの四年生が試合終了前から涙を浮かべていた。三年生だった細山田も9回二死、先輩の川本捕手に守備を代わる際、号泣していたのだった。
 今年も同じような場面が見られるかと期待(?)していた人も、いらっしゃったかもしれない。

 昨年は最終戦というだけでなく、優勝決定試合でもあった。
 すでに優勝を決めていた今年とは、感極度が違うのも当然だろう。

 ――――――――――――――――――――

 今日の神宮は、試合中から明るいムードが溢れていた。
 一塁側観客席には“細山田オジサン”があちこちにいて、細山田が打席に入ったり、ヒットを打ったりすると、盛んに叫ぶ。

「ホ・ソ・ヤ・マ・ダーッ!」
「何が何でもホ・ソ・ヤ・マ・ダーッ!」
「ホソヤマダー、俺はお前を観るために1100円払ったんだー!」

 などなど。一番ウケていたのは、ぼくの数段上に座っていた赤ら顔のおじさん。細山田がヒットを打つと、今度は何を言ってくれるんだろうと、近くの席の人は彼に注目し、叫んだ後は笑いが広がるのだ。
 選手をけなす野次は大嫌いだが、選手を励まし、力づけ、明るくするこんな野次は大好きである。

 観客席の雰囲気は、選手にも伝わったろう。9回二死になっても、演出家・應武に動きがなかったこともあり、ラストゲームは淡々と終了した。

 ――――――――――――――――――――

 秋季リーグの閉会式。四年生にとって最後の神宮球場である。(早大は神宮大会があるが)
 それぞれの胸に、感慨深いものはあっただろう。観客席からはわからなかったが、こみ上げるものがあった選手はいたと思う。

 それでも、閉会式の最中に笑いが広がる場面があった。
 テレビカメラが注目選手をアップでとらえ、その映像が電光掲示板に大映しになる。
 同じ映像は二階席の上のビジョンにも流れるので、選手たちも観ることができるのだ。

 斎藤佑樹が画面に映り、それに気づいた斎藤が笑いながら下を向く。観客席から、小波のような笑い声。
 カメラが切り替わり、慶大の中林。斎藤の様子を見て笑っていたところ、突然自分が出てきたものだから、彼もまた笑いながらあわてて下を向いた。場内はさらに沸いた。

 ――――――――――――――――――――

 首位打者の松本啓、最優秀防御率の野村(明大)、ベストナインの撮影が済んだ後、しばらくの空白。
 残り少なくなった観客は、一塁側から早大の選手たちが出てくるのを待っている。

 やがて、ベンチ入りメンバー、コーチ、マネージャー、もちろん應武監督も登場し、天皇杯らと一緒にホームベース前で記念撮影。
 その後には、四年生部員が加わっての撮影。さらには四年生だけの撮影、と続いた。

 ――――――――――――――――――――

 照明は全部は点灯させず、グラウンドの一部(ホームベース、マウンドあたり)を照らすのみ。
 時刻は5時近く。空は漆黒ではないが、明るさはすでにない。

 薄暗いグラウンドに、選手たちが散らばっていく。ポジションごとに集まっての、記念撮影だ。
 内野陣はセカンドベース、外野陣はセンターの守備位置、そして投手陣はブルペン……。

 無邪気な子どものように、嬉々として走っていく姿は、以前このブログでも書いたことのある映画「フィールド・オブ・ドリームス」の場面を思い出させた。
 農場主がトウモロコシ畑を壊してまで作ってくれた野球場に、すでにあの世に居る名選手たちがやってくる。
 トウモロコシ畑の葉陰から現れたゴーストたちは、野球ができる喜びに歓声を挙げ、芝生の上を走り回るのだ。もういい歳をしているのだが、野球少年のように。

 そして、早大外野陣が光量の少ない外野に走る場面は、まるで幻のようであり、今度はゴーストが外野奥のトウモロコシ畑に消えていくシーンがよみがえって来るのだった。

 外野と同じように暗くなったブルペンは、神宮のマウンドに上がることを夢見て投球練習をした場所。
 しかし、マウンドはすぐそこにあるのに、夢かなわずブルペンまでで去った投手もいるはずだ。

 近いけれど遠い場所。それは野手も同じ。
 ある選手はバッターボックスに構えた姿を、ある選手は二塁ベースにスライディングをする姿を、写真に残してもらっていた。青春の大切な1ページだ。

 緑が浮かび上がるグラウンドで、優勝の喜びと、リーグ戦最後の神宮に馳せる寂しさが交錯する選手たち。
 ネット裏からは、神宮球場が箱庭のように見えた。
                (谷川彬良)

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1943年晩秋 最後の早慶戦

2008年11月 3日 (月)

早稲田、完全優勝!

 有終の美。東京六大学野球08秋季リーグは、すでに優勝を決めていた早大が慶大から勝ち点を挙げ、3シーズンぶりの完全優勝(勝点5)を成し遂げた。
 前回の完全優勝(昨年春)は試合数11(10勝1敗)だったが、今季は試合数14(10勝2敗2分け)を要し、圧倒的な強さを示した印象はない。
 とくに法大4回戦は、延長14回までもつれ込んだ熱戦。この試合に限らず、紙一重のゲームが非常に多かった。

 ――――――――――――――――――――

 リーグ戦のラストゲームとなった今日の試合は、4-1の勝利。
 斎藤佑樹が7回を投げて今季7勝目(通算18勝)、大石が2回を奪三振4の完璧リリーフの磐石リレーを見せた。

 攻撃陣のヒーローは、先制打の細山田、勝ち越し打の原、9回ダメ押し2ランの泉ということになるが、もう一人、2安打の上本の名前も挙げたい。
 8回、センターとショートの間に上がった飛球に、二塁ランナーの上本は「落ちる」と判断するやトップスピードのまま三塁ベースを蹴り、本塁突入。きわどいタイミングながら、捕手のブロックをかいくぐった左手でのベースタッチは、上本だからこその好走塁だった。

 ――――――――――――――――――――

 ベストナインが発表され、早大からは斎藤佑、細山田、原、宇高、松本啓の5人が選ばれた。
 上本の名前がないのがなんとも寂しいが、その上本は一年生春からのリーグ戦「全試合全イニング出場」を成し遂げた。
 あの細身の体で、早大のセカンドを一人で4年間守り続けたのだ。ありきたりだが「すごい」の一言である。
                 (谷川彬良)

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1943年晩秋 最後の早慶戦

2008年11月 2日 (日)

斎藤佑樹は40勝する?

 早大が優勝を決めた後の早慶2回戦は、慶大が9-3の大差で勝利。1勝1敗となった。

 優勝の美酒を飲みすぎたわけではないのだろうが(笑)、早大は登板した5投手(松下、楠田、大前、福井、須田)が合計13四死球。
 とくに福井は連続押し出し四球があり、安定感のあったこれまでの今季の投球とはかけ離れた内容になってしまった。

 早大の投手陣の中で、斎藤佑樹の投球イニングは群を抜いている。斎藤の58イニングの次は、松下の17イニング3分の2だ。
 斎藤が安定しているから、登板数が増える。当然、他の投手の出番が減る。そして、今日のような実戦感覚不足(?)とも思えるような乱調……。

 明日の3回戦は、再び斎藤佑の先発だろう。勝利投手になれば、今シーズン7勝目(通算18勝)。もしも、先発の二番手投手が計算できない状態が今後も続くと、斎藤に頼らざるをえなくなる。
 仮に、今季すでに挙げている6勝を、来年からの4シーズンも継続すると、通算41勝。過去5人しかいない「40勝投手」の仲間入りとなる。

 しかし、斎藤にとっても、先発二番手が“不在”の状況は嬉しいことではあるまい。
 毎シーズンの目標である優勝、さらには最大の目標となる「5連覇」の達成が斎藤一人の肩にかかるとなれば、今年の春のように苦しいシーズンが出てくることだろう。

「投手王国」と形容される早大投手陣だが、斎藤佑樹、大石を除いては“王国外”の住人に見える。
 ただし、磨けば光る原石ばかりだから、切磋琢磨して、近い将来「王国」の住人であることを証明してもらいたい。
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1943年晩秋 最後の早慶戦

涙目の優勝インタビュー

 試合終了。両校の選手が整列して挨拶が終わってすぐに、優勝インタビューが始まった。(エール交換は待機のまま)
 通常はインタビューの音声は場内に流れないが、優勝を決めた今日は特別に流された。

 應武監督、上本主将、松本啓、斎藤佑の4人。副主将の細山田も呼んでほしかったが、今日は無安打だったこともあり、しかたがないところか。
 インタビューを受けた斎藤佑が口にしたのは、四年生への感謝の後、「とくに細山田さんですね」と恋女房への特別な感謝の言葉だった。

 その言葉を受けて、照れる細山田の姿が電光掲示板のビジョンに大映しになる。
 スタンドには、温かい笑いの声が広がった。

「涙が溢れてしかたがなかった」と答えた應武監督を始め、インタビューを受けた4人は、みんな目が潤んでいるように見えた。
 春、優勝を逃した後、固く誓ったV奪回。勝点5の完全優勝で、有終の美を飾ってもらいたい。
             (谷川彬良) 

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1943年晩秋 最後の早慶戦

早大、歓喜の胴上げ

 もう今日は胴上げはしないのだと思っていた。ところが、エール交換が終わった直後、早大の選手たちがグラウンドに飛び出してきて、マウンド付近で胴上げが始まった。
 半分以上の観客は、球場を後にしていたかもしれない。エール交換中に、「きっと胴上げは明日だから、出待ちしよう」と言って立ち去る人もいた。

 應武監督、上本主将ら四年生、斎藤佑樹らが次々に胴上げされた。一年ぶりに胴上げシーンが戻ってきた。
 上本は、ひときわ高く宙を舞った。体重の軽さもあるが、主将への感謝の気持ちも込められていたろうか。

 地面に落とされたのは、白石(四年生)だ。ドシンという感じではなかったけれど、腰か臀部を打ったようで、少し横たわり介抱されていた。
 一足先に歩いてベンチに戻ったけれど、明日はラストゲーム。何もなければいいが。
            (谷川彬良)

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1943年晩秋 最後の早慶戦

早大41度目の優勝、斎藤佑は6勝目

 優勝のかかる東京六大学野球秋季リーグ・早慶1回戦は早大が3-1で勝ち、41度目の優勝を果たした。

 早大は3回原の三遊間タイムリー、4回斎藤佑樹のフライを左翼手が落球、6回宇高の左中間二塁打で得点。
 先発斎藤佑は7回7安打6奪三振で、今季6勝目(通算17勝)を挙げた。

 ――――――――――――――――――――

 7回裏、慶大が1点を返した場面で、斎藤佑樹の真骨頂のプレーが見られた。

 一死1、3塁。カウント2ストライク1ボール。斎藤が投球モーションを起こすと、三塁ランナーがスタートを切った。
 それを見た斎藤は、瞬時の判断で外角にワンバウンド投球。しかし、慶大の8番打者坂本はホームベースの手前でバウンドした球をうまくバットに当て、スクイズは成功した。

 あの夏の甲子園、駒大苫小牧との決勝戦を思い出させた。
 三塁走者のスタートを見た斎藤は、やはり外角に外すボール球を投球。飛び出したランナーを、捕手・白川が刺したのだ。

 他の投手に言わせると、「とっさにボール球を投げるなんて、そんなことは無理」ということらしい。だから、斎藤の「とっさに外した」の発言も、懐疑的な見方が多かった。
 しかし、斎藤は今日の神宮のマウンドでも、“スクイズ外し”の球を投げた。たとえバットに当たっていなくても、細山田が正確に捕球するのは難しく、ホームインを許していたかもしれないけれども、「とっさに外せる」特異な能力を再び示したことになる。

 ――――――――――――――――――――

 これだけ書いてしまった後で恐縮だが、斎藤が瞬時に外したのか、たまたまワンバウンドになったのかはわからない。思い込みで書いている部分もある。
 斎藤が今日のプレーについてどう発言するか、聞いてみたいものである。
             (谷川彬良)

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